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せめて 抱きしめて〜起〜 13

「あ・・・ありがとうございます」 ボクは、突然の出来事に唖然(あぜん)としながら、反射的に頭を下げてお礼を言った。 「知り合いですか?」 「一応・・・でも助けていただいて、助かりました」 その人は憤慨(ふんがい)したように眉尻を上げると、 「腕大丈夫ですか?全く、女性に乱暴するなんて、男の風上にも置けません」 「・・・くすくす・・・ボク男ですよ」 ボクの容姿に完全に騙(だま)されていたのだろう。 その人は、心底驚いたように、 「ええええっ?!男・・・えええ?!」 「よく間違われるんですが、一応男です」 ボクは素直なその反応に可笑(おか)しくなって、笑いが止まらなかった。 くすくす笑っているボクに、その人は生真面目に頭を下げた。 「すみません。あんまり可愛いからてっきり・・・あ、嫌味とかそういうんじゃないです」 「わかってます・・・褒められてるか嫌味かはわかります」 「参ったな・・・あ、怪我してませんか?」 「いえ、大丈夫です」 その人は間違えたことが恥ずかしいのか、頭をぽりぽり掻(か)きながら、話題を逸(そ)らした。 その反応も可笑しくて、可愛くて、ボクは笑いが止まらなかった。 そうして笑っているボクを、その人はしばらく見ていたが、不意にボクが部長に掴まれていた腕を掴んで来た。 「え・・?」 一瞬、怯(おび)えるように身構えたボクだったが、その人はボクの手を見ながら、 「手、怪我してるじゃないですか」 「え?」 指摘されて見ると、どうやら部長の手を振りほどこうとしていた時に、何かにぶつけたのだろう。 手の甲にすり切れたように傷が出来て、血がにじんでいた。 「このくらい何でもないです」 笑いながら言うボクに、それでもその人は、少し怒ったように言う。 「ダメですよ。ばい菌が入ったら大変だ」 その人は下げていたスポーツバックの中を、がさごそして、何かを見つけたような顔をすると、それを取り出した。 「すみません、絆創膏(ばんそうこう)いつも持ってるんですが・・・」 そう言って、白いハンカチを取り出すと、ボクの手を引き寄せて、ハンカチで傷口を覆って、端を結んだ。 「ちゃんと消毒して、絆創膏貼って下さい。じゃあ」 それだけ言い残して去ろうとするので、ボクは思わず、バックを掴んでいた。 「あの・・名前、名前教えて下さい!」 「ええ?いやそんな・・」 「お願いです。ハンカチ返したいし。お礼もしたいので」 「いやいや、いいですよそんなの」 恐縮しているその人に、ボクは必死に食い下がった。 何故、こんなにムキなるのか、自分でもわからなかった。 「いえ、ちゃんとお礼したいんです!お願いです!」 バックを掴む手が震える。 何故か、このまま別れてしまうのが、嫌だった。 「・・・そうですか・・」 その人は、ボクの必死さに根負けして、ボクに向き直る。 「オレは、田所(たどころ)剛(つよし)です。T大2年生で柔道部の主将してます。夕方なら大学の柔道場で練習してるんで、大抵いますから」 にっこりと笑った。 爽やかな笑顔に、惹(ひ)き込まれる。 「ボク・・・ボク、織懸千都星(ちとせ)です。高校2年生で・・・。今度、必ず伺います」 「じゃあ、オレ部活あるんで」 田所さんはそれだけ言うと、今度こそ本当に行ってしまった。 ボクは、その後ろ姿を見送っていた。 いつまでも、見つめていた。 あんな風にボクを助けてくれた人は、初めてだった。 あんなにボクを心配してくれた人は、初めてだった。 あんな人もいるんだな・・・。 ボクは、何だか心の中がふんわりと温かいもので満たされていた。 あの人の、暖かい笑顔が、いつまでも胸に残っていた。

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