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せめて 抱きしめて〜起〜 14

* ボクはハンカチを手に巻いたまま、レストランを目指した。 駅からすぐのところなので、迷うことなく到着する。 ガラス張りの外観をしていて、花壇が設置されており、花や背の低い木が植えられていた。 ボクは、店の入り口となる白い扉を開けた。 顔見知りの店員がレジの所に立っており、すぐに席へと案内してくれた。 母が予約していたのだろうか。 外からは見えにくい、店の奥の席へ案内された。 ボクは席に座ると、ポケットからスマートフォンを取り出し、母から連絡がないか確認した。 何も来てはいなかった。 本当にここに来るか来ないか、まだわからない。 母は日本を代表する大女優だ。 小さい頃からあまりの美貌(びぼう)に地元では有名だったらしい。 たまたま出張で母の住む街に来ていた父が、母に一目惚れして、猛アタックの末に結婚したらしい。 父と母はちょうど一回り年が離れている。 最初は年が離れているので、母は相手にしなかったらしいが、熱心に口説いてくるので、絆(ほだ)された部分もあったと言う。 母は、まだ16歳の時に父と結婚し、その二年後の18歳でボクを産んでいる。 ボクを産んでから、街でスカウトされて、女優としてデビューした。 それから17年。 母は誰もが知っている女優へと変身していた。 世間では未婚で通している。 だから、ボクは世間的に母は『いない』ということになるのだろう。 誰にも言えない。 誰にも会わせられないのだから。 ボクの授業参観もイベントにも、母は一切顔を出さない。 時間があったら父が来てくれた程度だ。 父は自分で問屋の会社を興して経営していた。 もともと経営の才能があったのだろう。 どんどん会社は成長して、色んな事業を展開して、今では総合商社になっている。 その会社も、誰もが知っている会社だ。 ボクは、社長と女優の息子になっていた。 それだけ聞くと、裕福で幸せだろうと思うだろう。 それでもボクは、幸せだと思ったことは、ここ最近ない。 父も母も家に帰って来ない。 まだボクが小さい頃は、仲の良い『家族』だった。 一緒に色々な所に旅行に連れて行ってくれたし、食事もいつも3人で食べていたし、一緒に寝ていた。 とても幸せで温かくて、いつまでもこの幸せが続くと、信じて疑っていなかった。 だけどある日を境に、そんな生活が一変した。 ボクはいないものとして扱われ始めた。

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