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せめて 抱きしめて〜起〜 15

住む家とお金を与えておけばいいと、思われている。 たまに顔を合わせても、会話にならない。 どちらも自分の言いたいことだけ言って、ボクの話しは聞こうとしない。 目を合わせることもない。 ボクが体調を崩していても、気付かない。 中学生の時に輪姦された時だって、明らかにボクの様子がおかしいのに、気付きもしなかった。 顔を見ると、嫌そうに眉根を寄せて、目を逸らしたり、八つ当たりされたりした。 何故急にそんな態度を取られるのか、ボクにはわからなかった。 ただ、泣いて怯(おび)えて、怒られないように、嫌われないように振る舞うことしかできなかった。 ボクが中学3年生に上がる頃から、疎遠になり、家に帰って来なくなった。 二人とも仕事が忙しいと、それを理由にして。 帰って来てと懇願しても、淋しいと泣いても、何でボクを一人にするのと怒っても、ダメだった。 何を言っても、何をしても、ダメだった。 そして、ボクは諦めた。 もう疲れてしまった。 心が疲弊(ひへい)して、その上男に犯され続けて、もう体も精神もボロボロになった。 笑わなくなったボクを、二人は更に遠ざけた。 ボクはもう諦めてしまったので、二人がボクを捨てても、何も思わなくなっていた。 もう何年も、両親とまともに会話をしていない。 そんな状況になって、母は良心の呵責(かしゃく)でも感じるのか、たまにこうして連絡をしてくる。 中途半端に構うなら、いっそ完全に捨てられた方が楽なのに・・・。 時間が無情に過ぎていく。 フレンチレストランなので、大抵がカップルだ。 みんな大好きな人と食事をして、幸せそうだ。 店員さんが何度かボクの所に来て、何か食べるかと、せめて何か飲むかときいてくる。 もう何度もこういうことがあったので、きっと母が来ないとわかっているので、とても優しくしてくれる。 ボクはいつも通り、何も口にしなかった。 ただじっと椅子に座って、母が現れるのを待ち続けた。 手に巻かれたハンカチにずっと触れていた。 そうする事で、温かいあの人を思い出して、惨(みじ)めな気持ちを押し殺していた。 隣の席にいたカップルが、3回入れ替わった時、ボクは立ち上がった。 時間だ。もう閉店になる。 23時に閉店するので、ボクはその10分前に店を出るようにしている。 これもいつものことだった。 請求は母に行くので、ボクは黙って店を出て、すっかり気温の下がった外に出た。 春特有の少し温もりが感じられる涼しさだった。 来れなくなったなら、そう連絡すればいいのに・・・。 それもできないくらいの急用? 撮影が長引いているとか、そういうこと? 芸能界のことはさっぱりわからないから、そんな妄想をして、自分を納得させるしかない。 ボクは駅に行き、来た時の逆のルートで家を目指す。 電車の中は酔っ払い電車になっていた。 お酒くさい・・・サラリーマンってそんなに飲まないとやってけないのかな・・・。 でも酔いつつも楽しそうに話している。 大声で笑いながら、顔を赤くして、楽しそう。 ボクはそんな中でも、一人だった。 誰もボクのことを知らない。 誰もボクを好きじゃない。 ふと、思い出してハンカチに触れる。 助けてくれたあの人の笑顔が浮かんだ。 心がふっと温かくなる。 何故か、一人じゃないと思えた。 真っ直ぐ家に帰って、シャワーを浴びる。 手のハンカチを取って、ついでに洗った。 にじんだ血がついてしまい、洗っても洗っても白いハンカチは綺麗にならなかった。 まるで汚れた自分のようで、哀しくなってきた。 何も食べていないのに、食欲は全くなかった。 代わりに胃がキリキリと痛む。 これも両親と関わるといつもこうなる。 振り回されて、何も言えず、期待して裏切られて。 いつものことだと諦めているのに、何故か胃が痛い。 ボクはパジャマを着て、キッチンへ行く。 気温は下がり続けていて、少し肌寒い。 お湯を沸かして、熱いココア作った。 冷蔵庫から牛乳を取り出して、少量垂らす。 ボクが常備しているのは、ココアと牛乳だけ。 飲むと心身共に落ち着くから。 今日みたいな、眠れない夜には必ず飲むようにしている。 飲み進めると少し落ち着いてきた。 寒さも感じなくなっていた。 マグカップから立ち上がる湯気を見ていたら、不意にボクを助けてくれた人を思い出した。 ハンカチ返さなきゃ・・・さっき洗ったけど血が落ちなかった・・・。 明日新しいの買ってこよう。 夕方なら部活やってるって言ってたな・・・。 飲み終わったコップを洗って、ボクは二階の部屋に向かう。 さっきまで冷えていた体と心が、暖かくなっている。 久しぶりに明日が来るのが楽しみになっていた。

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