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せめて 抱きしめて〜起〜 20

眠ったり起きたりを繰り返して、やっと夕方になった。 授業も終わったらしく、グラウンドに人が出てきている。 これから部活をするのだろう。 ボクは待望の夕方になったので、嬉々(きき)として屋上を飛び出して、荷物を置いている教室へ走った。 早く着替えて行かなきゃ! こんなに高揚(こうよう)した気分は久しぶりだった。 セックスよりも嬉しくて、早くT大に行きたかった。 何故自分がここまであの人に会いたいと思うのかわからなかったけど、そんなことはもうどうでも良かった。 ボクは学校を出て駅のトイレででも着替えようと思い、荷物を持って廊下を走る。 靴に履き替えて校門まで走っていると、校門に寄りかかっている人影が目に入った。 ボクは、思わず足を止める。 え・・・まさか・・・あの人がこんな所にいるわけない・・・?! ゆっくりと近づく。 どんどん大きくなる姿は、どう見ても田所さんだった。 でも、ボクこの学校の生徒だなんて言ってない・・・。 心臓がドキドキしてる。 走ってきたせいばかりじゃないと、自分でもわかった。 田所さんまで約10mくらいの所まで近づいた時、ボクが視界の隅に入ったのか、不意に田所さんが振り向いた。 「あ・・・」 ボクは思わず驚いて、立ち止まってしまった。 持っていた鞄と紙袋を胸に抱きしめる。 更に心臓がばくばくいいだした。 顔が赤くなっていそうで、恥ずかしい。 田所さんはボクを見つけると、ぱっと嬉しそうに笑って、ボクの目の前まで走ってきた。 「良かった、見つけた」 にっこり笑ってそう言った。 その笑顔が、温かい。 ああ・・・ボクが見たいのは、この笑顔だ。 人間の笑顔だ。 「あの・・・どうして?」 「昨日、大学に来てくれたんだろう?何か用事があるんだと思ったから、今日はオレが来たんだ」 「あ・・・すみません」 ボクは謝るしかできなかった。 田所さんに気を遣わせる気は、一切なかったのに。 昨日会えなかったから、今日、こうして気を遣って来てくれている。 申し訳なくって、迷惑ばかりかけている自分が情けない。 「あの・・・どうしてこの学校だってわかったんですか?」 ボクは鞄を抱きしめる力を強くして、田所さんを直視できずに訊いた。 「ああ。今日、朝たまたま電車の中で見かけたんだ。いつも乗らない電車なんだけど、野暮用でね。制服見ればたいてい何処の高校かはわかるから」 そう言って微笑む田所さんに、ボクは見惚(みほ)れていた。 こんな風に無邪気に笑う人を、ボクは初めて見た。 ボクの周りには、いつも愛想笑いと、嘲笑が溢れていた。 他の人だったら珍しくもなんともないんだろうけど、ボクには眩しかった。 「そうですか・・・すみません、こんな所まで・・・」 「いや、それよりも用事って?」 「歩きながら話しませんか?」 校門のところで話していたら、みんなが何だろうという感じで振り向くので、ボクは田所さんに提案した。 セフレの連中に見られたら、何言われるかわからないし。

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