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せめて 抱きしめて〜承〜 4
剛さんといい原野さんといい、本当に不器用で遠回しなのに、暖かい。
柔道家って、そういう人が多いのかな。
ボクは一生懸命本を読んでルールを覚えようと必死だった。
こんなに一生懸命勉強しようと思ったことも、久しぶりで何だか嬉しかった。
原野さんが審判となり、試合が始まった。
剛さんは大将なので、まだ出番じゃない。
先鋒は一年生がなることが多いけど、みんなボクの2倍くらい体重があって、背も高く、ボクなんか軽々と持ち上げられる人達だ。
試合は真剣そのもので、空気がぴりぴりしている。
ボクも緊張してしまい、息を殺してじっと見守っていた。
粛々(しゅくしゅく)と試合は進められて、剛さんのいるチームが勝った。
この大学では剛さんが一番強いらしい。
日本代表になってオリンピックに出れるほどだと、以前みんなが話していた。スカウトも何度もされているが、剛さんは警察官になるという夢があるので、断り続けているとも。
もったいないと思いつつ、夢に向かって真っ直ぐ進む姿勢に、漢気(おとこぎ)を感じる。
練習後はみんなで食事に行くのが通例だった。
毎日ではないけど、週3〜4日はみんなでご飯を食べて帰る。
ボクは邪魔になるので、そういう時は一人で帰っていた。
一応部外者なので、分をわきまえるようにしている。
ボクと原野さんが、みんなが着替えて来るのを校門のところで待っている時、不意に原野さんが、
「・・・今日、あんたも来なさいよ」
と言って来た。
いつもボクにはあまり話しかけないのに、急にそんなことを言われてボクはびっくりした。
「え・・・でも・・・」
「いつも帰っちゃうでしょう。門限とか、用事があるとかじゃないんなら、来なさい」
「でも・・・ボクは邪魔でしょう・・?」
「邪魔だったら誘わないわ。みんな千都星が先に帰るから気にしてるの。それとも嫌なの?」
初めて名前で呼んでくれたことにも、びっくりした。
「い・・・嫌じゃないです!」
「じゃあ決まりね」
そう言って原野さんは笑った。
ああ・・・この人もとても優しい笑顔をする。
「それと、『原野さん』ってやめて。みんな名前で呼ぶから、そっちで呼んで」
「え・・・じゃあ・・・燿子さん・・・」
「うん。それでいい」
不意に燿子さんがボクの頭を軽く叩くように撫ぜた。
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