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せめて 抱きしめて〜承〜 10

そうやって歩いていると、不意に剛さんが、 「千都星・・・来週の水曜日から金曜日は、ひまか?」 と、口を開いた。 「あ・・・はい、全然、ひまです!」 ボクは勢いよく答えた。 剛さんが、ボクを振り返る。 「じゃあ、近藤の家の別荘が長野にあって、そこに遊びに行こうって計画してるんだ。2泊3日で。行くか?」 近藤さんというのは、副部長をしている人だ。 剛さんと同じ2年生になる。 長野県にはいい思い出がない。 初めて男に犯された場所。 あれからボクの全てが変わってしまった。 行きたくない。 できれば一生。 でもみんなと一緒に旅行にも行きたい。 長野っていっても広いし・・・きっとあの時とは別の場所だよね・・・。 「・・・いいんですか?ボクなんかが行って・・・」 「近藤に千都星も誘えって言われた。オレも、千都星に来て欲しい」 「い、行きます!行きたいです!」 必死になって言うボクを見て剛さんは、くすくす笑う。 「じゃあ決まりな。当日は近藤が車出すから、大学の駅前に7時に集合」 「わかりました。絶対に、行きます」 「千都星は感情が素直に顔に出るから、面白いな」 「え・・?そうですか?」 そんなこと言われたの初めてだ。 親にも言われたことない。 むしろ、表情が変わらないから、何を考えてるかわからないって言われた。 剛さんは、ボクを見つめたまま、 「喜んだり、不安そうにしたり、ちょっとむっとしたり、表情豊かだと思うけど」 「はあ・・・すみません」 「何で謝るんだ?千都星の可愛いとこだと思う・・」 「はあ・・・」 剛さんに可愛いと言われるのは、嬉しくて、照れてしまう。 きっと、剛さんといる時だけなんだと思う。 感情が揺さぶられることが、ほとんどないのに、剛さんといると感情が甦(よみがえ)る。 だから、きっと、そのせいなんだと思う。 どんなにゆっくり歩いていても、いずれは家に着いてしまう。 いつも出入りしている通用門に着いてしまった。 「・・・ここです」 「え・・ああ、ここなんだ」 「はい・・」 剛さんが手を離す。 何だか、急に気温が下がったような感覚がする。 気温なんか全然下がらなくって、暑くて仕方ないのに。 繋いでいた手が、汗をかいている。 ボクは通用門の鍵を開けると、剛さんに頭を下げた。

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