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せめて 抱きしめて〜転〜 5
何だよ・・・あんたにそんな目で見られる筋合いはない。
自分だって汚いくせに。
やめて・・・そんな目で見ないで・・・こんな風になったのは、ボクのせいじゃない!
男に犯され続けるボクと、向き合おうとしなかったくせに。
本当は泣いて縋(すが)って、どうしたらいいのか話したかったのに。
いつもいつも、仕事が忙しいって言って、家に帰って来なかったくせに!
ボクを捨てたくせに!
「目的のためなら何でもするよ?・・・あんたにそっくりだろ?」
わざと笑って言ってやった。
途端に父がまたボクの頬を殴った。
強い力に堪えられなくって、飛ばされるようにボクは廊下に倒れ込んだ。
衝撃に頭がくらくらする。
頬が腫れてきている。
少し舌を切ったようで、口の中が血の味がする。
「お前の顔は二度と見たくない!」
父の怒号が響く。
蒸した空気が震えた。
「こっちの台詞だっ!!」
反射的に叫んで、ボクは立ち上がると、そのまま走り出した。
あの人と同じ空間にいることが、堪えられない。
キッチンを抜けて、靴をつっかけると通用口から外に飛び出した。
行き先なんかわからないまま、ひたすら走った。
ただただ走った。
呼吸が上がってぜぇぜぇ言い始めて、足が上手く動かなくなると、ボクは走るのをやめて歩いた。
全身から汗が吹き出ている。
着ているTシャツが汗を吸い込んで、色が変わっている。
自分が何処にいるのかわからない。
見慣れない景色だった。
いつも通る道とは違う道に来たらしく、見たこともない家が並んでいる。
呼吸を整えながら、ゆっくりゆっくり歩いていると、涙が込み上げて来た。
どうして、いつもこうなるんだろう?
どうしていつも、ボクの気持ちなんか無視するんだろう?
昔はこんなんじゃなかった。
昔はいっぱい話したし、いっぱい一緒にいてくれた。
ボクの話しを根気よく聞いてくれた。
ボクを理解しようとしてくれた。
何で、今は・・・今はこんな・・・。
24時間傍にいてなんて言わない。
ボクのことだけ考えてなんて言わない。
ただ、嫌わないで欲しいだけなのに。
物を買って欲しいなんて言わない。
何処かに連れてってなんて言わない。
我が儘言わないよ。
困らせることなんて言わないよ。
普通の親子に戻りたいだけなのに。
だから・・・せめて・・・抱きしめて欲しいだけなのに。
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