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第2話

人に使役されるために人工培養される生き物――その種類にはいくつかある。 ノアのような猫の特徴を持った型はバイオペットと呼ばれ、愛玩用や、人間の男性に性的に奉仕させる用途で作られる。男性を相手にすると言っても、オス型しかいない。過去にはメス型のバイオペットも存在したが、女性団体の根強い反発によって生産が中止されている――しかし違法に身体に改造を加え、オスメス両方の特徴を備えている型もあるらしい。 高級品と呼ばれるバイオペットには、そういう両性型や、高い技術を持った職人によって丹精こめて培養される個別生産型がある。高級品は数が少ないため高値で取引され、直接金持ちに買い取られて大切に飼育される。だがノアやキオは工場で培養された量産型のため、珍しくもなく売値も安い。買い取った人間によって男娼としてこきつかわれ、古くなって街頭での稼ぎが落ちれば、家畜の食用として処分場へまわされる運命だった。 今行われている戦争で政府と敵対している革命軍は、そうした無慈悲な扱いを受けている人造生命体たちの権利を獲得することも信条に掲げているという。だがこの星は政府の支配下だし、戦場からは遥か遠く、今いる街から出たことすらないノアにとっては全く別世界の話だった。バイオペットの権利と言われてもなんの事かぴんとこない。ノアには未来を想像するゆとりなどなく、その日その日をどうやって食べていくかを考えるので精一杯だ。 もらったパンを夢中で食べているノアに、キオが言った。 「ノア……ほんとに、頑張らないと」 食べるのを止め、ノアは頷いた。 「うん、これ食べたら仕事する。心配かけてごめん。キオ、ありがとう、パンは今度返すから」 「返さなくていいよ」 キオは微笑んだ。 「じゃあ俺、行くね。お客さん待ってるから」 「うん」 裏通りを離れるキオの後姿を見送りながらノアはため息をついた。キオには定期的に指名してくれる固定客がいる。そういう安定した稼ぎがいくつあるかで売り上げは殆ど決まってしまう――流れの客を相手にするのはこの前のようにリスクもある。固定客を一人でも多く持つのが理想だが、ノアにはなかなかそれができない――きっと自分の、地味で人目を引かない容姿のせいなのだろうとノアは考えていた。 ノアの顔立ちは平凡で、毛色が黒一色なため縁起が悪いと客に避けられることもあった。同じ量産型なのに、ぱっちりとした青い目をし、濃い金色に光る毛並みを持つキオが羨ましい……けれど羨んだところでどうにもならない。パンを食べ終わってしまったノアは、覚悟を決めてコンテナの陰を離れた。 どうにか一人客を捕まえ――気前がいいとは言えない相手で、金額も値切られたが――明け方ノアは男娼たちの住む置屋に戻った。あてがわれている部屋の粗末な寝台で一眠りしようと横になった所、上の段の寝床を使っているキオが逆さに顔を出した。同じ部屋に眠る仲間を起こさないよう、声を潜めて言う。 「ノア――戻ったら、親方が顔出せって――」 親方というのはこの置屋の主で、ノアとキオの飼い主だ。 親方に直に呼ばれるのは、褒められるか叱り付けられるかの場合だったが、今のノアに褒められる要素はない。気が重くなったが仕方なく、ノアは黙ったままキオに向かって頷くと寝台から起き上がり、廊下へ出た。

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