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第3話

親方の部屋へ行くと、見知らぬ人物がいた。ノアに向けて彼は微笑んだが、眼鏡の奥の目は笑っておらず、値踏みするようにノアの姿を見ている。なんとなく恐ろしい心持がしながらノアはその男に向かって頭を下げた。 親方が言う。 「ノア。お前は今日から星間連絡船付きになったから」 え、と驚いてノアは親方の顔を見た。 「すぐ荷物を纏めて、この人と宙港へ行くんだ」 どういう事か問う間もなく、急きたてられてノアは部屋へと戻った。呆然としながらわずかな私物をまとめていると、上の寝台からキオが顔を出した。眠っていなかったらしい。 「ノア――親方、なんだって?」 ノアはぼんやりと、キオの顔を見返した。 「何やってるの?なんで?荷物……」 キオが不安そうに尋ねる。 「星間連絡船に乗れって――今日から、そこで働くんだって――」 考えがまとまらないままノアが答えると、キオは小さく悲鳴のような声を上げて寝台から飛び降りてきた。 「嘘だろ!?」 「嘘じゃないよ……親方に言われたんだ……」 「そんな!だって……そしたら、会えなくなっちゃうじゃないか!」 言われてノアはぎくりとした。そうだ、星間連絡船は――星と星とを繋ぐ長い航路を行き来している宇宙船だ。それに乗せられたらもう――この置屋へは戻ってこられない。その事に気づき、ノアは突然恐怖に襲われて震え出した。キオとノアは同じ生産ラインで培養され、その後も一緒に買い取られた。作られて以来、ノアはキオと離れたことがなかったのだ。ここだって好きではないけど、キオがいつも側にいたから―― 「そうだ――どうしよう、キオ――」 震えるノアの手をキオが握った。 「いやだよ!ノア――行っちゃいやだ――」 泣き声でそう言ったキオの身体を、ふいに誰かが後ろから引き剥がした。握っていた二人の手が離れる。驚いてノアが見上げると、そこにいたのはさっき親方の部屋で見た眼鏡の男だった。もがいてノアに近づこうとするキオを片手で捕まえたまま、男は冷たく言った。 「ぐずぐずしてないで早く支度してくれ――車を待たせてあるんだから」 鋭い目で睨み付けられ、恐ろしくなって慌てて荷物を纏めたノアを、男は廊下へ押し出した。そのノアに追いすがって来たキオは、男に脅され追い払われてしまった。こんなの酷い。男に追い立てられ、キオの泣く声を背中で聞きながらノアは思った。もう二度と会えないのに、ゆっくりお別れすらさせてもらえないなんて。 置屋の外に停まっていたトラックの荷台に、放り込むようにして乗せられる。トラックはすぐに走り出した。ノアは後ろを振り返り、自分の部屋がある辺りに懸命に目を凝らした。窓に小さくキオの顔が見えた気がしたが、それはあっという間に遠ざかっていってしまった。

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