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第9話

ドスドスとはだしの足を踏み鳴らして娯楽室から出て行く男の背を見送りながら、相模は音羽を振り返って尋ねた。 「今の、ホント?」 「何がだ?」 「天城がオッケー出せば、軍規違反にならないって。人と喧嘩しても、いいの?」 「まさか」 集めた花札を揃えながら音羽が答える。 「面倒を避けたかったから出まかせを言ったまでだ――軍規は軍規、敵方ではない人間に手を出せば解体処分だ。班長が何を言ったからって変更はない」 「あ、そう。なあんだぁ」 音羽の言葉を聞き、天城と相模は同時につまらなそうな声を上げた。 ネコが胸から離れようとしないので、仕方なく彼を抱いたまま天城は立ち上がった。 「ほい、ネコちゃん。部屋どこだ?連れてってやるから」 泣きはらした目で自分を見上げたネコの頭を、天城はそうっとなでてやった。 「全く……こんな弱々しいの相手に、よく乱暴な事ができるもんだよ」 天城はブツブツ呟きながら、娯楽室を出た。 「どっち?」 尋ねる天城に、ネコは方向を指し示した。まだ怯えて声が出せないらしい――伸ばしたその細い腕に青黒い痣ができている。さっきの男につけられたのだろう――天城は彼が哀れになった。 指差された方向に行くうち、薄暗い貨物室へ出てしまった。 「え?こっちでいいの?」 ネコが頷く。隙間の大きい鉄製の階段を降りると、コンテナが並ぶ陰に扉がある。 「こんなとこに……?」 「あり……がとう、ございました。すみません……」 ようやく声が出せるようになったらしく、ネコが礼を言った。 「いやいや、いいよ。大変だな、アンタも」 床にそっと下ろしてやると、ネコは天城に向かって深々と頭を下げた。かしこまったその様子に、天城は苦笑した。 「俺にそんな丁寧な態度取らなくていいんだって――同類なんだからさ」 ネコが不思議そうな表情になって天城を見上げる。 「ここ寒いなあ――部屋に入りな」 鳥肌をたてているネコに向かい天城は言った。 「は、はい」 慌てたようにネコが扉に手をかける。中へ入ろうとする彼に、天城はたずねた。 「名前、なんていうの?」 ネコは振り返って緑色の瞳でじっと天城を見つめ、答えた。 「ノア――」 「ノアか。いい名前だな。じゃ、おやすみ」 少し顔を赤くしたノアに手を振り、天城は四等船室へと戻った。

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