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第13話
三等でも立派に見えたノアにとって一等は信じられないほど豪華だった。通路ですら柔らかなカーペットが敷かれ、綺麗な花や絵が飾られている。さらに銀嶺の船室を見てノアはあっけにとられてしまった。広いだけでなく家具は全て揃っているし、大きな窓もあって船外を眺めることも出来る。しかも彼はそこを一匹で使っていると言う。
言葉がないまま部屋を見回しているノアを、銀嶺はソファに座るよう促した。
「君に見せたいものがあるんだ」
銀嶺は言って、テーブルの上に置いてあった大判の本を手に取りノアの隣に腰掛けた。そのうちの1ページを開いて指し示す。ノアが覗き込むと、そこには画像の荒いモノクロの写真が貼られていた。
「昔の新聞記事だよ。頼んで複写してもらった」
銀嶺が説明した。写真は何かの祭りを撮ったものらしく、道路を練り歩く大勢の人が写っている。滑稽な衣装を着て楽しそうに腕を組んだり、カメラに向かって手を振る仕種を見せている人々の間に、やせっぽちのネコがいた。彼は混雑の中で四方の人々に手足をつかまれて持ち上げられ、怯えきって泣きそうな顔をしていた。
「これが私」
信じられず、ノアは思わず隣の銀嶺の顔を見なおした。写真の中のネコは確かに白っぽくはあるが、貧弱な姿をし、毛はぱさぱさで、今の銀嶺とは似ても似つかない。
「街頭に立って客引きしていた私を、誰かが面白がって祭りの行列に放り込んだんだ。その人間にとってはただの悪ふざけだったんだろうけど、私には……」
銀嶺は軽く左右に頭を振った。
「もみくちゃにされて尾は踏まれるし、乱暴に引っ張られて肩は抜けるし……恐ろしい痛みでね、死んでしまうかと思った」
ノアはぽかんとした。街頭?客引き?
「その祭りを新聞社の取材カメラが写していたんだ。図書館で過去記事を調べていた時、この写真を偶然見つけて……取っておくことにしたんだよ」
銀嶺は、写真の中の白ネコの姿をそっと指先で撫でた。
「で、でも。銀嶺さんは……コウキュウヒンでしょ?どうして……」
「私は、君と同じ量産品だよ」
ノアは驚き、息を呑んだ。そのノアの隣から銀嶺は立ち上がり、鏡台の前まで行くとブラシを手にして戻ってきた。それから再び隣に腰掛け、ゆっくりとノアの髪を梳 き始める。
「その頃の私にとって、世間は恐ろしいものだらけで――周りの人間は全て、自分に牙を剥いて飛び掛ってくる残忍な生き物に見えていた」
自分と同じだ――そう思ったノアに、銀嶺は続けた。
「この写真の中で、恐怖を感じ、怯えているのは私だけ――惨めなものだろう?」
ノアは顔をこわばらせ、夢中で首を横に振った。写真の中の小さなネコの味わっている恐怖がありありと想像され、彼が哀れでたまらない。鼻の奥がツンとする。銀嶺がさっき言っていたことは本当だった――そっくりだ。彼は自分とそっくり――
ノアが涙をこぼしているのに気づくと、銀嶺は慌てて本を閉じ、テーブルの下へ押しやった。
「すまなかったね、泣かせる気ではなかったんだけど」
「いいえ。ごめんなさい――僕……」
手の甲で涙をぬぐうノアの髪を、さらに優しく梳きながら銀嶺は言った。
「謝らなくていいんだよ。ノア、私は――君と同じ量産品で、始めは街頭に立っていた。それから色んな経験をして、色んな事を学び――今の生活を手に入れた」
髪を梳 かし終わると、銀嶺はノアを鏡台の前に連れて行く。ノアは自分の黒髪が、豊かに艶を得て光を放っているのを見て驚いた。その髪を両手で整えながら、銀嶺が続ける。
「私が出来たのだから、ノア、君にもきっと出来る。皆が笑っている中、たった一匹泣いているネコを……助け出してあげようよ」
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