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第18話

その晩ノアは、お客に連れられ、初めて船内カジノという場所へ足を踏み入れた。そこは、入り口に怖い顔の警備員が立っているし、中からすごい音が響いてくるしで、恐ろしくて今まで近寄れずにいた所だった。 暗い中に騒々しい音を立てる機械がずらりと並んで光っている。その前にいる人間達がふかすタバコの、立ちこめた煙に目がチカチカする――お客はノアが怯えているのには全く気づかない様子でさっさと歩を進め、大勢の人がとり囲んでいるテーブルのところまでノアを引っ張って行った。それには数字が書かれたくるくる回る不思議な盤が付いていて、バーテンダーのような格好をした人が、何か言いながら小さなボールを放り入れている。ノアのお客はそこに立つ人々の間へノアを割り込ませ、自分はその後ろに立った。次いでノアに、なんでもいいから思いついた数字を教えろ、と言う。 訳がわからずますます怖くなったが、断る勇気もなくてノアは数字を言った。お客はテーブルの上に書かれているその数字の上にカラフルなコインを載せている。 呆然と見ている間に回転盤の上を小さなボールが走り、止まったと思ったら周囲の人間達がワっと声を上げた。ノアがそれに驚き尻尾の毛を逆立てていると、後ろに立つ客がよし!と叫んでノアの髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。 目を回しながら、ノアは客に要求されるままもう何度か数字を言った。同じことが繰り返され、その度に周囲の人間が大声を出すので、ノアはすっかり縮み上がってしまって目に涙を浮かべた。 すると急に、後ろのお客がひょいとノアを抱え上げ、自分の肩に担ぎ上げた。 「やった!スゴいぞお前!大もうけだ!」 ぎょっとしたが、お客が陽気に笑っているのでノアはやや安心した――乱暴しようと言うのではなさそうだ。彼はノアを担いだまま 「やったぞ!こいつ、俺のラッキーキャットだ!」 と叫んでまわっている。 その後ノアは、周りの人間達に撫でられたり頬ずりされたりした。ノアを買ったわけでもないのに、なぜかチップを手渡してくれる人間までいた。カジノ内を一巡りし終わった後、お客はまだぽかんとしているノアを自分の部屋に連れて行き、上機嫌のまま抱いた。 仕事を済ませたノアが服を着て帰り支度していると、お客がその姿をじっと見、ちょっとおいで、と言う。ノアを連れ、彼は船の中で商売している行商人のところまで行った。 行商人は通路の一部に色々珍しい物を並べて販売している。その一角、色とりどりの沢山の服が積まれた前で、お客はノアに 「どれでも好きなの選びな。買ってやるから」 と言った。 今までお客に物を買い与えてもらったことなどない――ノアはびっくりして目を見開いた。いきなり選べと言われてもどうしたらいいのかわからない。ノアは最初に飼い主から与えられたわずかな衣類を持っているきりで、店で服など買った経験がないのだ。そう話すとお客は気の毒げな表情になって、行商人に言ってノアに合いそうな服を見繕わせた。 お客に渡された柔らかく綺麗な色の布でできた服たちを、ノアは信じられない思いで胸に抱きしめた。 「あ、あり――ありがとうございます――こんな――」 礼を言うノアが半泣きなのにお客は随分驚いたらしく、 「いいって!お前には儲けさせて貰ったんだし……それに、一等にある店の服ならともかく……こんな合成の安物にそんな感激するなよ!」 と言ってしまって太った行商人に睨まれた。 「おやまあ!安物で悪うござんした!なんなら旦那、返品してもらってもかまいませんですよ!儲かったんなら一等の高級店で買ってやったらいいでございましょ!」 「あ、すまんすまん!いや、べつにあんたが売ってるものをけなすつもりじゃなくて……」 焦って詫びるお客を見て行商人がプッとふき出す。次いでお客も笑い出したのを見て、ノアも安心して一緒に笑った。 ノアが持って帰った服を見て、カスパ達仲間は目を丸くしてうらやましがった。沢山買ってもらったので分けてやりたかったのだが、客がくれた品を仲間内で分配するのは飼い主に厳しく止められている――揉め事を起こさせないためでもあるが、もともとネコは性質的にあまり競争心という物を持たないので、少しでも煽って仕事熱心にさせようと作られた決まりだった。 買ってもらった新しい服を着て客引きすると、どことなく以前とは男達の態度が違う――なにより、邪険に追い払われることがない。ノアはそう気が付いた。 いつものバーで客待ちしている時、ノアは壁面につけられている大きな鏡にふと目をやった。 薄暗くてはっきりとは見えないが、そこに映る自分は――街頭に立っていた時のみすぼらしい姿とはひどく違っていた。服もそうだが、顔色や毛艶がずっと良くなったようだ――ノアは天城に心配されないよう、できるだけ食べるようにしている。銀嶺に教わって、毛並の手入れも続けていた――もちろん、美しい銀嶺には遠く及ばないけれど、それでも効果は出ているという事なのだろうか……。 ノアはあの、昔の銀嶺――写真の中の可哀想な痩せっぽちの白ネコの姿を思い出した。ノアも少しだけ――そう、ほんの少しだけだけれど、彼を助ける手を差し出し始められたのかもしれない――

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