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第20話

天城が船室のドアを開ける。すると中では上半身裸の兵が、天井近くに備え付けられたパイプを握り懸垂をやっていた。 「あっ、コラ相模!そんなとこで!壊したら弁償させられるぞ!?」 天城が慌てて兵を叱った。彼は相模と言うらしい。 「もっと言ってやってくれ……さっき既に一回外れてるんだ……」 寝台の上に座り込み、PCの画面を見つめているもう一人の兵士が言った。 「すぐはめたから、大丈夫」 相模はしゃあしゃあと言った。 「大丈夫、じゃねえよ!なんの配管かわかったもんじゃないだろ!?排水でも出てきたらどうすんだ!」 「平気だよ、さっき何も出てこなかったもん。使ってないパイプも多いんだここ……こいつ実際は相当古い船らしいな。一等なんかキレイに取り繕ってるけど、どうやら見かけだけだな」 相模は手を離して床に飛び降りると、室内を這う幾つものパイプを眺めながら言った。 「それはそうだろう……戦争による資材不足が続く昨今、新品の船などめったに建造されない」 寝台の上の兵がPCから目を離さないまま答える。 ノアは近くに下りて来た相模の肉体に目を見張っていた。男の身体は見慣れているが、ここまで鍛え上げられているのは見たことが無い。思わず傍らの天城に目をやる。彼の身体も同じ様な状態でさらにがっしりしている――寝台で機械に被さっている兵も、他の二人より小柄とはいえ筋肉質で引き締まっており、ノアよりずっと力がありそうだ。 人造兵って綺麗なんだな、とノアは思った。銀嶺の美しさとは全然種類が違うが、そう感じる。こんな強そうな身体を持つ天城さんに抱かれたら――どんな気持ちになるんだろうか…… ふとそう考えてしまってノアは戸惑った。お客の身体を見て、そんな想像をしたことなどない。なんなんだろう?これ…… 「あれ?ネコがいるじゃん」 天城の陰のノアに気づいて相模がそう言った。ノアは我に返り、慌てて頭を下げた。 「俺が連れて来たんだ。暗いとこで本読んでたからさ、ここのがマシだろうと思って」 「ふうん、そっか」 相模は床に放り投げてあったTシャツを拾って被った。 「ノア、ここで読みなよ。ちっとギシギシするけどな」 天城が簡易寝台へノアを招いた。船室には寝台が三つあるうえ兵士達の装備らしい荷物も多く、空いているスペースは殆どない。ノアは床に無造作に置かれた重そうな荷物の隙間をすり抜けて寝台へ近づくと、そこへ這い上がって座り、本を広げた。 「俺、ちょっと横になろ……なんか頭のあたりが痛いんだよな、さっきから」 そう呟きながらノアの隣に天城が仰向けに寝転がった。頼りない作りの寝台が凹んでノアの身体がそちらへ滑り、寝ている天城のわき腹にくっついた。どきりとしたが天城は気にならないらしく何も言わないので、ノアはそのままじっと、立てた膝の上に開いた本を読んでいた。 触れている部分が温かい――服ごしに伝わってくる天城の体温を、ノアは好もしく思った。 そのまま暫く本に集中していると、急に尻尾が掴まれて軽く引かれたので、ノアは驚きひゃっと悲鳴を上げてそこの毛を逆立てた。慌てて振り返ると、寝台の脇にしゃがみこんだ相模が、垂れていたノアの尻尾を握っている。 「すっげー、太くなった!……あ、悪い悪い。痛かった?」 「い、痛くはなかったけど……びっくりしました。なんですか?」 「あ、元に戻った!……どういう仕組みなの?これ」 「し、仕組み?」 「何やってんだお前!?」 天城が目を開けて怒鳴りつけた。相模の手からノアの尻尾を取り返す。 「いじるなっつぅの!邪魔すんじゃないよ!ノアは勉強してんだから!」 「悪かったって……いや、毛が尻にくっついてるだけかと思ったからさ。ちゃんと神経あんのな、そこ」 「当たり前だろ!」 「だって俺、尻尾ないからわかんなかったんだよ……あ、その耳!動くんだな!どうなってんの?見せて」 「だめ!寄るなってば!」 近づこうとする相模から、天城はノアを庇った。 「ちょっとぐらい、いじらしてくれてもいいじゃん……ヒマなんだよ……」 「だったら船内でも見物して来い!」 天城は言うと相模に背を向け、ノアを尻尾ごと自分の身体の前に抱えるようにして再び横になった。この状態、どこかで――そうだ、以前いた街で野良犬がこんな風にして仔犬を守っていたんだ……ノアはそう思い当たって、なんだか胸が温かくなりながら、再び本のページに目を落とした。 天城に言われた通り船内を見物し、相模が部屋へ戻ると、さっきのネコはいなくなっていた。 「ありゃ?ネコは?」 「帰ったよ。仕事時間だって」 頭の痛いのは治まったらしく、天城は起きていた。 「ふうん……」 少々つまらなく思った相模に、天城が言う。 「呼んであるからまた来るよ。あいつさあ、ノアっつうんだ。な、可愛いだろ?ネコって……」 「だから言ってるじゃねえの、何度もさあ……そのカワイイとかカワイソウだとかってのは俺にゃどういう感覚なんだかわかんねえんだから、やめろって」 「こっちだって何度も説明したじゃん……なんでわかんねえかなあ……」 がっかりしたような顔をした天城に、相模は言ってやった。 「カワイイのかは知らねえが……耳が動くし、しっぽ太くしたりして面白くはあるよ、うん」

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