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第21話

仕事を終えたノアが部屋へ戻ると、仲間達が部屋の隅でなにやらひそひそ囁きあっている。 「みんな……なにやってんの?どうかした……?」 「あ!ノア!」 カスパが寄ってきた。 「なんかあったのカスパ……?顔色悪いよ?」 ノアが尋ねるとカスパは怯えた顔で言う。 「幽霊だよう!幽霊見ちゃった、俺……」 「幽霊?」 ノアはきょとんと問い返した。 「そう!お客の部屋から戻る時、三等から四等へ行く通路を、ふらふらーっと歩いてたのを見たんだ……」 そう言われても、幽霊というのがどんなものなのかノアにはぴんと来なかった。 「怖いだろ!?……怖くねえの?あ、もしかして知らない?幽霊」 カスパが訊く。ノアは答えた。 「本で読んだから一応意味は知ってるけど……どうして幽霊ってわかるのかなと思って……」 「わかるに決まってるよ!」 他にも見たという者が数匹いて、彼らは口々に幽霊がどんな風だったかノアに話した。 ぼろぼろの服を身に纏い、髪はまだらに抜け落ち、足を引きずりながらぎこちなく通路を歩くのだと言う。 「こうやって……ふらふら歩いてた。怖いんだよ、とにかく……」 幽霊の仕種をやって見せながらカスパは言った。 「俺もうあそこ一匹で歩けない……ノアも自分だけで行かない方がいいよ」 「う、うん……」 カスパや他の仲間の怯えた表情を見ているうち、つられたのか自分も背筋が寒くなってきて、ノアは頷いた。 天城がおいでと言ってくれたので、ノアは仕事の無い時間たびたび兵達の船室を訪れていた。 本を読ませてもらうだけだが、天城の側にいられるのが嬉しい。 読書するうちつい眠ってしまったりして、思いがけず長い時間彼らの部屋にいることもあるが、べつに邪魔にはされない。 ノアはだんだん天城以外の二人の兵にも親しみを感じ始めていた。 ノアには最初仲が悪く見えた天城と相模が、実はそうではないのだと言う事もわかってきた。 憎まれ口を叩き合うのがどうやら彼らのコミュニケーションらしい。罵り合っていてもそのすぐ後で、仲よさげに一緒に何かし始めたりするのがノアには不思議で、面白く思えた。 通信兵だと言う音羽は物静かで、あまり相模たちの軽口には加わらない。自分からノアに声をかけてくる事もめったにないが、物知りでノアが尋ねることにはなんでも答えてくれた。 兵士達の部屋でいつものように本を読んでいたノアは、ふと思い出して音羽に、ネコ達が噂していた幽霊のことについて訊ねてみた。 「なんかすごい……怖いんだって。音羽さん、見たことある?」 「自分は見たことがないが、その存在に関して色々な説があるという事は聞いている」 「説?」 「ヒトの中には幽霊を信じる者と信じない者がいる。霊感があるとかないとか、そんな言い方をする者もいる。見たと言う者がいたり幻覚だと言う者がいたり、その姿も、足があるとかないとか、様々だ」 「ふうん……じゃあ……なんだかよくわかんない物なんだね?幽霊って……」 音羽は頷いた。 「よくわからない事象を纏めて、幽霊と呼ぶのかもしれない」 それから暫くして……ノアもカスパ達が言う幽霊を目撃した。仕事へ行こうと天城達の部屋を出たところ、通路の向こうに、ふらふらと歩く不気味な姿の人物がいたのだ。 カスパの言った通りの様子で、足を引きずり、片手で空を掴み続けるような奇妙な仕種を繰り返している。ぼろぼろに裂けた服を着ているのかと思ったが、それは雑に巻かれた包帯で、ほどけかかった隙間から見える皮膚は崩れておかしな色をしていた。 ドアから出かけていたノアが青褪めて固まったのに気がついて、船室内から天城が訊いた。 「どうした?ノア?」 咄嗟に声が出ず、ノアはただ通路の先を指差した。天城が不思議そうな様子で部屋から出てきて、ノアの指差す方向を見る。 「あ!」 声を上げた次の瞬間、驚いたことに天城は幽霊に向かって駆け出していた。 「おい!アンタ!ちょっと!大丈夫か!?」 大丈夫か、と天城が発したのを聞き、ノアはそうか、と気がついた。 あの様子……怪我人か病人の可能性もあるんだ……。 「おっかしいなあ?」 天城はやがて、首をひねりながら引き返してきた。 「どうしたの……?」 「あの角曲がったとこで、いなくなっちまったんだ」 「いなくなった?」 「ああ。あっちにはランドリーしかないのに……どこ行ったんだろ?」 「ほんと……?それじゃあやっぱり……幽霊なのかな……」 ノアは戻って来た天城の顔をじっと見つめた。恐ろしくなかったんだろうか……。天城が気づいて首をかしげる。 「ん?なに?なんかついてる?」 「ううん……」 幽霊に出会って、怖がるより先に助けようとするなんて……ちょっと呆れるような気もするけれど、そんな天城がノアには前にも増して頼もしく思えた。

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