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第23話
「なんだオイ!?敵襲か!?」
雑嚢を放り出して相模が叫んだ。
「いや――」
音羽が手を止めて顔を上げた。彼の視線の先には船室の壁に取り付けられた警報装置の赤いランプがある。それが点滅を繰り返していた。
「攻撃を知らせるものとは違うようだ……船内で何か異常事態が起こったんだろう」
続いて、機械録音の無機質な声のアナウンスが流れ始めた。
「当船のご利用まことにありがとうございます。こちらは操舵室です。ご乗客の皆様にお知らせします。只今、船内にてレベル3の事態が発生いたしました。ご乗客の皆様は、船室に待機の上、アナウンスをお待ち下さい。船内サービスは一時的に休止させていただきます――当船のご利用――」
後は同じ内容の繰り返しだった。ノアを抱えたままの天城が音羽に訊ねた。
「なに?レベル3の事態って……」
「まだわからん。追って連絡があるだろう。レベル3なら船が落ちるような種類のトラブルではないから、避難の必要はない」
「事故じゃないってこと……?じゃあどんな?」
「船内で犯罪が起きたとか、病人か怪我人が出たとかそんな場合だ。このまま待っていて問題はないだろう――ノア」
「えっ?」
急に呼ばれて驚いたノアに、音羽は言った。
「君は次のアナウンスで状況がわかるまでここにいた方がいい。ナイフでも持ってうろついているのが居たりしたら、危険だから」
「え……そんなことあるの?」
「ニュースでそういった事態もたまに聞く。宇宙船の長旅は人間に過剰にストレスを与えるから、体調や行動をおかしくする者もいるようだ。だがもしそうでも、乗員はその手のトラブルには慣れているだろうし訓練も受けているはずだから、じき始末がつくと思う」
「ふうん……あ、天城さん、邪魔してごめんね、荷造りの続き、やって……」
警報に驚きひとまず涙が引っ込んだノアは、元の寝台の上におろしてもらった。
その後二時間ほど経っても、アナウンスはなかった。サイレンが断続的に鳴り、壁に取り付けられたランプも相変わらず点滅を続けている。
「どうしたんだろ……」
ノアは呟いた。船が宙港に着くまでもうあまり時間がないはずなのだが。
「操舵室に聞いてみる」
音羽が言って、船室の扉を開けた。通路に船内連絡用の電話があるのでそれを使いに行くつもりらしい。
「でも音羽さん、危ないよ」
ノアが心配して言うと、天城が笑った。
「大概の人間よりは強いよこいつは。音羽、入港が遅れるのかどうか聞いてきて。乗継がヤバイかもしれないから」
「ああ」
返事して音羽は出て行ったのだが、じき妙な表情で戻ってきた。
「どした?」
相模が訊ねる。
「おかしい。船内電話が繋がらない。他の部屋の乗客も様子がわからず騒ぎ出している」
「ええ……?」
「それに、これは勘だが……船が航路から外れているような気がするんだ」
音羽は言うと、纏めかけていた荷物を開けパソコンケースを取り出した。暫くそのキーを叩いていたが、やがて
「やっぱり」
と声を上げた。相模が訊く。
「やっぱり何?航路、外れてるのか?」
「ああ……外宇宙 へ戻り出してる。なぜだろう?」
「なぜだろうって……落ち着いてる場合じゃないよ!乗り継ぎのチケットが無駄になるじゃないか!」
天城が慌てた。
「そんな事はない。船会社の都合なら、払い戻しがきく」
「そうなの……?」
寝台からおりてノアも音羽のパソコンを覗いてみた。航路図が映し出され、そこに細い線が何本も描かれている。音羽はノアに、その内の一本の青い線を指差して
「これがこの船の現在位置だ。それでこっちの黄色い線が、予定航路」
と教えてくれた。
青い線は、確かに黄色い線を外れ、さらには到着するはずの星からも遠ざかって行っている。
「本当なら――もう宙港に入っていなければならない時間なんだが」
音羽は腕時計を見て呟いた。
「マジかよ……んもう……参ったなあ。払い戻しがきいても到着があんまり遅れちゃ、後続部隊と合流できないよ……なんなんだろ?俺、ちょっと操舵室行って直に訊いてくるわ」
天城が言ってドアノブに手をかけた。
「待って、天城さん、僕も行く……」
ノアは言い、天城の後を追った。
通路へ出ると何人かの他の乗客たちに出会った。皆当惑したような表情をしている。
「お、クロネコ。元気か?」
後ろから来た男にノアは声をかけられた。
「俺のこと覚えてる?」
「はい。カンオケ送りのお客さん」
ノアが答えると男は笑った。
「嫌なアダ名だなあ、それ……。兵隊さん、アンタも操舵室へ行くのか?」
「ええ。そのつもりです」
一緒に歩く天城が答える。
「まったくなあ……アナウンスするって言ったきりほったらかしだし、なんなんだろうな。まあ宙港に着いても俺は全然嬉しくないから、遅れたっていいんだけど」
「はい……」
ノアは頷いた。そうだ、ほんとなら……今頃はもう天城さんと別れてるはずだったんだ……
三等にさしかかると、通路の先に乗客が数人集まって騒いでいた。
「どうした?」
男が声をかけると、振り返った客が
「開かないんだよ!ここ!」
と叫ぶ。
「開かない?」
見ると通路の先に、大きな鉄製の壁が立ち塞がっている。
「それって……防火扉じゃねえの!?ええ!?じゃあ、火事!?」
男がノアの隣で驚いて言った。
「燃えてるの!?向こう」
「そうじゃないんだ……」
青褪めた顔で、一人の痩せた乗客が答えた。
「一、二等の連中……俺達をここへ閉じ込めたんだよ……!」
「閉じ込めた!?なんで!」
痩せた乗客が説明する。
「俺、二等のバーにいたんだ。そしたら警備の連中が入ってきて、乗船券見せろって言うんだ。見せたら、すぐ自分の船室に戻れって言われてさ……入港が近いからかと思ったけど、でも追い出されたの、三等以下の客ばかりで……おかしいと思ってたら、後ろでこいつが閉まっちまったんだよ……」
痩せた乗客は泣き出しそうな顔をして言う。
「押しても引いても動かないし……締め出された理由もわかんないし、船は宙港に着かないし……どうなってるんだよゥ……」
天城も他の乗客と共に扉に手をかけ開けようと試みたが、がっちりとロックされていてどうにもならなかった。あきらめて隣に戻ってきた天城にノアは身体を寄せた。天城がノアの肩を抱いてくれる――その時、船内放送が流れた。
「ご乗客の皆様にお知らせします。船内で疫病の発生が確認されました。当船は只今より衛生省の管理下に入り、保健法58条に基づき航路を変更いたします――」
乗客たちがざわめき出した。
「疫病!?やばいのか!?俺達」
「航路変更ってどういうことだよ!?」
「58条ってなに!?」
ノアは不安になって、天城のシャツを握り彼の胴にしがみついた。そのノアを抱き返しながら天城が言った。
「ノア、船室に戻ろう――音羽なら、何か知ってるかも」
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