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第25話
その後はなんのアナウンスもないまま、夕食の配給時間になった。
食事を買いに行く天城たちと一緒にノアも食堂へ行った。この時間帯、まだネコは出歩いてはいけないのだが、天城が、緊急事態なんだからそんなの守ってる場合じゃないと言ってくれたのだった。
食堂には人が集まっている――誰か仲間がいないかと探したが、見当たらなかった。
乗客の中には家族連れもいた――ノアが船内で幼い子供達を見たのはこれが初めてだった――皆不安そうに、口々に何か話している。
「疫病だなんて――予防接種をしていない人が乗り込んじゃったのかしら?」
「何か輸送禁止の動物でも持ち込んだ客がいたんじゃないか?」
「しかし特に具合の悪い者も出ていないよな?いったいなんの病気なんだろう――」
「それより一、二等の連中だよ!」
さっき見かけた痩せた乗客が叫んだ。
「鉄の扉を閉めちまってるから、俺達あっちへ様子を聞きにも行かれないんだ!何考えてるんだあいつら!?」
「暴動を恐れてでもいるんじゃないか?こちらは柄が良くないと思われているようだから――」
年配の客が不安げに言った。
「オイ、食事はどうした!?」
誰かが気づいたように叫んだ。
「厨房に誰もいないじゃないか!」
乗客たちが従業員用の入り口を開けて調理場へ入ると、そこには誰もおらず――火の気もなくて調理が行われている様子がまるでない。
「冷蔵庫が空っぽだぞ!?」
壁に取り付けられている大型冷蔵庫の扉を開けて乗客が怒鳴った。
「こっちの倉庫にも何もない――運び出されたんじゃないか!?」
厨房の奥の食料庫を覗きに行った者が言い、皆青褪めた。
「そう言えば俺――誰かが、ネコを誘導してどっかへ連れてくのを見た――」
「ネコを?」
「ネコって……非常食になるんだろう?一、二等の連中、きっと自分達だけ食料を確保して、貧乏人の俺達のことは見捨てるつもりなんだ――」
「そんな!食べ物がないの!?」
赤ん坊を抱いた母親が叫ぶ。
「宙港へいつ入れるかもわからないのに、食料を取り上げられたら――私達みんな――」
嫌な空気が場を支配した――その時、乗客の一人がノアに目を留め、呟いた。
「おい、ネコが一匹だけいるぞ――」
周囲の乗客の視線が自分に集まったのを感じてノアは毛を逆立てた。思わず隣の天城の手を握る。すると天城はいきなりノアを抱きかかえ、食堂を飛び出した。
天城はそのまま凄い速さで通路を駆け抜けると、自分の船室へ入ってノアを下ろし、扉を閉めた。鍵をかけ、部屋の中の動かせるものを全て動かし、扉の前に積み上げて行く。
「冗談じゃないぞ全く!非常食なんて!」
天城が唸った。
「天城さん――」
「ノア、俺とここにいよう。水も出るし、軍の携帯食もあるからなんとかなる。お前を食わせたりなんか絶対するもんか!」
「天城さん……」
ノアは嬉しくなった。天城は本気だ。本気でここに自分と篭城しようとしてくれている。彼がここまでして、自分を庇ってくれると思ってなかった――
「――天城さん、僕、天城さんにだったら食べられてもいい」
「馬鹿言うんじゃないよ!誰がノア食ってまで生き延びたいもんかい!」
「うん、嬉しい……。僕も天城さんとここにいたいけど、でも……食堂にいたお客さんの中にはまだ小さい子もいたし――それに、仲間のことが心配なんだ……だから……」
「ノア……」
天城は呟いてノアを見つめ、手にしていた荷物を床に下ろした。
「おおーい、班長~……」
ドアの外から、遠慮がちな相模の声がした。
「あのう……ちょっとだけ入れてくんないかなあ……?音羽が、パソコン欲しいんだって……」
天城は黙って積み上げた物を退かし、扉を開けた。
「悪い。ちょっと……気が動転して」
「あ?いいさ……まあ、みんなパニくってるけどまだそこまで飢えちゃいないから……いきなりノアに飛び掛って食っちまう、って事はないと思うがな……」
「すまん」
天城は詫びると、自分達の荷物から取り出した携帯食の箱を担ぎ、相模とノアと共に食堂へ向かった。
食堂で、携帯食を均等に分配した。三等と四等の乗客全員でわけてしまうと一人分は大した量にならない。皆一様に暗い顔をして押し黙っている。
テーブルの一つで、コンピューターを操作していた音羽が言った。
「この船は、Jー57を目指しているようです」
「Jー57?」
乗客が尋ねる。
「Jー57はここから一番距離が近い無人衛星です。古いが一応宙港などの設備は整っているし、住民が居ないから着陸拒否はされない。物資は近くの星から無人ロケットを打ち込んでもらって受け取ればいい。現在疫病についての情報がまるで無いから、そのことは置いておくとしての話ですが――とりあえず生き延びる事は可能でしょう」
「じゃあ――そこに辿りつけば助かるって事……?」
訊ねた乗客に音羽は答えた。
「近いといっても、着くまでには二ヶ月かかります」
「二ヶ月!?」
彼は手の中の、わけてもらった携帯食の包みを心細そうに見た。
「水と燃料はなんとか持つとしても、入港が近かったから、食料は予備を入れても大して残っていなかったのでしょう。乗客全員には足りないから、一、二等用にネコと共に確保して隔壁を閉め、こちらを切り捨てることにしたのだと思います」
「くそ……あいつら……。貧乏人はあきらめて死ねってことかよ……」
ノアの近くにいたあの時の客が、青褪めた顔で無理に笑顔を作りながら呟いた。
「冗談抜きでこの船が……俺達の棺桶になっちまいそうだなあ、ネコちゃんよ……」
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