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第26話
ノア達が鉄壁の向こうに閉じ込められる前――操舵室では船長を始め宇宙船の航海士達と、一等船室の乗客数人が話し合っていた――その中には銀嶺の飼い主もいた。
「患者は何人いるんだ?」
「把握できていない――だが一、二等の客ではない。システムが感知した発症者は、恐らく三等か四等のどこかにいるのだろうが、下手に確認作業などすると、乗客たちがパニックに陥る恐れがある」
「コンピューターの報告によると、一番近くの無人衛生まで二ヶ月かかる。どちらにしても食料が足りない」
「補給船は呼べないのか?」
「打診したが無理だった――戦時下だから、対処するには船も人員も足りないそうだ」
「そんな馬鹿な!その程度の事なんとかできるんじゃないのか!?」
「できるだろうが――重大な疾病に感染している恐れのある我々を助けるより、船ごと見捨てる方が安全だし、金もかからないというのが明白だからだろう――自分達で何とかするしかない――全滅を避けるには――」
それから決断が下された。無事が確認されている一、二等の客だけを保護し、病気に感染している可能性の高い三、四等の客達とは接触を断つ。残りの食料は、現在健康な者を生かすために全てこちらが確保する――詳しい事情は説明されず、乗務員達には指示だけが出された。
銀嶺が自室で本を読んでいると、見たことのない男がやって来た。制服を着ている。どうやら船の警備員らしい。
「おい、出ろ。一緒に来い」
警備員がぞんざいに言う。
「何事ですか?」
銀嶺は尋ねた。
「主人の許可を取らなければ行くことはできません」
「黙ってさっさと来い。俺はその、ご主人とやらの命令で来てるんだよ――」
連れて行かれた先はどうやら倉庫らしかった。警備員が銀嶺を中にいれ、扉を閉める。気がつくと、薄暗い中にネコ達がうずくまって身を寄せ合っていた。
「お前達――みんな、どうしたんだ?何があったのか知っている者はいるかい?」
銀嶺が訊ねると、中の小柄な一匹が立ち上がった。
「全然、わかんないんです――急にここへ入れられて。あの、俺、カスパって言います。ノアの友達――」
「ああ、ノアの……」
銀嶺は微笑んで頷いた。
「ノアはどこに?」
カスパが首を横に振る。
「あいつはいません。入港日だったから、仲良くしてた人造兵のとこにお別れの挨拶に行ったんです。多分まだそこにいるんだと思います――」
「そう――」
銀嶺は少しほっとした。あの兵士が一緒にいるのなら――ノアは多分、大丈夫だろう。
「みんな――元気をお出し。弱気になってはいけないよ」
ネコ達が不安がって泣き出しそうな顔をしているのに気づき、銀嶺は言った。
「なにか楽しいことを考えよう――そうだ、私が、面白い話をしてあげる」
銀嶺は輪に加わって腰を下ろすと、貸した本のうちノアが気に入っていた物語を思い出し、ネコ達に聞かせはじめた。
その後警報が鳴り響き、船内放送があった。銀嶺は少しだけ事情を把握した――入港できず船は航路を変えた――食料の補充がされたとは思えない。ネコ達がここへ集められたのは、今後、必要な状況が来た時――食用にするためなのだろう。
暗い倉庫内に、警報は低く不気味に伝わってくる。獣の咆哮のようだ――銀嶺は思った。飼い主は最後――自分の前に姿を現そうとさえしなかった。可愛がってくれていると信じていたのだが……。
贅沢な暮らしを与えてくれた飼い主に、銀嶺は心から感謝している。他人に命じて閉じ込めなどしなくても、もし彼が飢えるようなことがあれば、自分はためらわずこの身を差し出したのに――
隣に膝を抱えて座るカスパが、音に怯えてすすり泣いている――銀嶺は彼の肩をそっと抱き寄せた。
「怖がらないで――ただのサイレンだ。さ、お話の続きをしよう」
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