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第27話

それから三、四等の客達は、殆どが船室に篭って過ごした。何度か隔壁を開けようと試みたのだが、結局無理だったためだ――船は航行を続けている――扉の向こうの様子は全くわからず、ここの人々がいつまで飢えずにいられるかわからない。 ノアと兵士達もとりあえず部屋へ戻っていた。 音羽はずっとコンピューターに貼り付き何かやっている。普段は運動好きの相模も、食料が乏しい今となってはなるべくエネルギーを使わずにいようと思ったらしく、寝転がってじっとしている。 ノアは寝台に一緒に腰掛けている天城に寄り添った。カスパ達が心配でたまらない。皆、無事でいるだろうか―― そのうち音羽が天城を呼んだ。 「班長が見たという病人だが――どんな状態だった?」 「ええと――皮膚の広範囲に出血性の水泡があって――部分的に壊疽をおこしてた。あとは多分、神経症状だな。腕の痙攣と、片足の麻痺だ」 ノアはそれを聞き不思議に思った。あれは――幽霊じゃなかったんだろうか? 「これは自分の、全くの勘だが」 音羽はコンピューターの画面から眼を離して言った。 「船内で疫病が出たというのは――誤報ではないかと思う」 「どういうこと?」 相模が起き上がって訊ねた。 「この船の、メインコンピューターのデータに接触して記録を調べてみたんだが……三十年前に、今と全く同じ状況が起こっている」 「接触じゃなくて侵入だろ」 相模が可笑しそうに言う。その相模を軽く睨みつけ、音羽は続けた。 「当時、船内で黄土毒症の患者が出た。あの頃、黄土毒にはまだ治療法が無く、感染すると致死率は百パーセント――船長の判断で船は入港を取りやめ、近くの無人衛生Jー57を目指した。今のこの船の航路と同じだ」 「うん――興味深いけど――黄土毒が死病だったのは昔のことで、今はもう病原体も根絶してるはずだぜ。この船で出たのは違う病気だろ?」 「まあ聞け。やがて船内の人間が次々感染、発症して――結局は全員が死亡し、生存者ゼロの状態で船はJー57に入った」 ノアはぞっとした。なんて恐ろしい状況なんだろう――ノアの頭に、覚えたばかりの、悲惨、という文字が浮かんだ。 「その後船は暫くJー57に放置されたが、物資が不足し始めた頃回収されて、この船の主要部分になった。再建造された際、入港取りやめの判断を下した当時の船長が、自分達を犠牲にして感染を最低限にとどめたということで評価され、彼の航海に対する知識や行動記録がそのまま全てこの船のメインコンピューターに引き継がれた。つまりこの船は、その死亡した船長によって操舵されている訳だ」 「けど、人間の船長もいるんだろ?最終決定はそいつがするはずだよな?」 「ああ。だがメインコンピューターが疫病発生の警報を出せばそれに疑問を感じることはないだろう。船長は操舵室からあまり離れないだろうし、客と接触するとしても一等どまりだ。結局コンピューターの指示通りに行動してしまうと思う」 「うーむ」 相模が唸った。 「でも疫病発生が間違いかどうかはまだハッキリしないんだよな?」 「確証はない。しかしその可能性は高いと思う――今現在、三、四等で患者は一人も出ていない。きっと一、二等でも同じだろう。隔壁を閉めて行き来を絶ったのは、食料確保も理由だろうが、こちらのどこかで病人が出ていると思い込んでいるせいもあるのかもしれない」 「なるほどねえ……」 「それに、班長が見たという患者、状態が黄土毒症の末期と一致している」 「じゃあ――あれはやっぱり、幽霊だったの?」 ノアは尋ねた。 「いや、幽霊ではないと思う」 音羽がノアに、PCの画面を指し示す。 「君が目撃したその人物は、ここを歩いていたんだろう?」 画面には船内図が映し出されている。ノアは頷いた。 「記録によると、景気の良かった時代にはこの船に取り付けられているホログラム投影装置が働いていた」 「ホログラム……?」 音羽はノアに説明した。 「立体映像のことだ。その装置で、乗客向けに商品の広告を流したり、船に乗った記念の映像をホログラムに撮るサービスも行ったりしていた。その装置のあった場所と君が幽霊を見た場所が一致している。一箇所だけではデータが少なく頼りないが」 ノアはもう一度船内図を覗き込んだ。 「カスパ――仲間が、ここで幽霊を見たって言ってた。あとここでも」 ノアが場所を指差すと、音羽が頷いた。 「やっぱり――そこにも投影装置がある。三箇所一致だ。その装置が、三十年前記録した船内をさ迷い歩く瀕死の患者の姿を再生していたのではないだろうか。そしてこの船のメインコンピューターは現在、当時の状況をなぞるように活動している」 「なんでまた――今になってそんな事になったんだ?」 尋ねる天城を音羽は見返した。 「そう訊かれても自分には答えられん。コンピューターが誤った情報を取り込んでしまい、混乱している事は確実に思えるが、何故そうなったかは不明だ。動力切れのはずの投影装置が、どうして今更働き出したのかもわからない。単なる故障か、ひょっとすると、当時病死した人々の怨念のせいかもしれない――非常に、非科学的だが」

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