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第28話

兵達が頭を寄せ合い何事か相談しているのを、ノアはじっと見守っていた。音羽の冷静な判断を聞いて――彼らならなんとかしてくれそうな気がした。カスパ達も助かるかもしれない―― やがて相模が立ち上がり、壁の通気ダクトを点検し始めた。 「うーむ。思ったよりかなり狭いぞこりゃ……音羽にも無理そうだ。多分曲がってる箇所でつっかえるな」 「そうか……じゃあ他の方法考えなきゃ……」 天城が頭をかきながら言う。 「どうしたの?」 訊ねたノアに音羽が説明してくれた。二等船室の並びに普段は使われていないサブの機械室があり、単純な操作くらいはできるらしい。ダクトを伝ってそこへ侵入し、音羽がメインコンピューターをかく乱している間に、隔壁を手動操作できるようスイッチを切り替えたいのだそうだ。 「黄土毒は空気感染しないから通気ダクトまでは閉鎖されていない――ここさえ通れれば二等船室へ侵入が可能なのだが」 天城が残念そうに通気孔を振り返った。 「隔壁操作を手動に出来たら、力づくでこじ開けて、操舵室の船長のとこまで行こうと思ったんだ。ほんとに病人が出てるのか、ちゃんと調べてくれるよう直談判しに。もし警報が誤報なら無人衛星まで行く必要はなくなるだろ?でもなあ……」 「僕に……行かせてくれない?」 ノアは訊ねた。 「え?」 兵達がこちらを見る。 「ダクトは前にも通ったことがあるから、行けると思うんだ。音羽さん、機械室に着いたらどうしたらいいのか教えてくれる?」 「だがノア――二等船室は上階だから、途中に垂直部分があるんだ。力の弱いお前がそこを登るのは難しいと思うぞ」 天城が心配そうに言った。 「やってみるよ」 ノアは天城をしっかり見返して答えた。 天城に押し上げてもらってノアはダクトに入り込んだ。以前夢中でここを通り、お客から逃げた時のことを思い出す。ノアは深呼吸すると、暗いダクトの中を這い進み始めた―― 夢中で冷たい金属の筒の中を行くうち、分岐点に差し掛かった。ノアは音羽から聞いた通り左へ折れた。さらに進むと例の、ダクトが垂直に折れ曲がっている地点へ出た。 ノアは教わったように端まで行き、身体をひねって垂直のダクトの中で立ち上がった。手足に思い切り力を入れて中で突っ張らせるようにし、少しづつ身体を上へ押し上げていく。 滑り落ちないよう気をつけて登りながら、途中何度か休んで肩で息をついた――手足がだるくなってきて震えている――掌や裸足の足の裏の皮膚も擦りむけてきたようだ――だが気にしている暇は無い。 必死に上がり続けるうち、ダクトの縁らしいものが見えた。やった、ここからまた平らだ、そう思いながらノアはそこへ這いこんだ。 「思ったより早い。ノアは小さいくせに意外と度胸がある」 持たせた小型の発信機で、ノアの現在位置を確認している音羽が呟いた。 「こちらも、船長を説得する準備をしなければ」 言って彼は、小銃や弾納などの装備を身に着け始めた。 「説得ねえ」 隣で同じく準備している相模が可笑しそうに言う。 「ビビらせる、の間違いじゃねえの?」 音羽が睨む。 「話を聞いてもらうだけなんだから、説得だ。我々の提示する情報をどう扱うかは船長次第。人の判断に逆らうことは我々には出来ない」 「じゃあなんで俺らフル装備なのよ?」 「ちゃんと話を聞いてもらうにはこの方が効果的と思われるからだ」 「やっぱビビらせるんじゃないか――」 天城は支度しながら、ノアが心配で彼が入っていった通気孔を見つめていた。その天城に、急に音羽が声をかけた。 「おい、この音――」 「音?なんの?」 「シッ」 音羽は人差し指を立てて天城を制すると耳をそばだてた。急いでPCを確認する。 「メインコンピューターがノアの侵入に気づいたらしい」 「えっ!?」 天城は焦って通気孔を振り返ったが、当然ノアの姿はない。 「虫駆除に使用するガスをダクトに注入し始めてる――即死させるほど強いものではないはずだが、吸い続けたら危険だ――まさか通気ダクトにそんなものを振りまくとは思わなかった。上の乗客にだって影響が出かねないのに。この船の操舵システムを司るコンピューターは、相当おかしくなっている」 「殺虫剤だと?」 相模が忌々しげに呟いた。 「俺らは害虫だってか――いかれコンピューターが」 「あまり吸入しないうち、気づいて手近の通気孔から逃げ出してくれればいいんだが――」 音羽は言いながら、ノアの現在位置を示す小さな円に目をやった。 「ノア――!」 聞こえないとはわかっていたが、天城はダクトに首を突っ込み叫んだ。 「ノア、頼む――どこでもいいからすぐ外に出てくれ――!」

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