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第34話
調理場を見つけ、そこの引き出しにしまわれていた中からノアは一番長い包丁を選んだ。それを手に、この家の主 ――岩崎を探した。
きっと一番広い部屋に寝ているだろう――その予測通り、立派な両開きのドアが付いている部屋をそっと覗くと、そこのベッドで、病院で確認した新聞記事に掲載されていた写真と同じ顔の男性が眠っているのが見えた。
ノアはわずかにあけたドアの隙間から中へ滑り込み、素早くベッドに近づいた。
そこへよじ登ると、寝ている岩崎に跨って首に包丁を突きつけた。岩崎が目を覚ます。驚くかと思ったがそうでもなくて、彼は静かに
「誰だね?何が目的だ?」
と訊ねた。
「この間宙港で捕まって収容所に入れられた政府軍の人造兵たちを、解放してください」
ノアは言った。
「それはできない」
答えた岩崎の喉に、ノアはさらに包丁を近づけた。
「この星に置くのは無理だということはわかってます。だったらせめて、戦場へ戻してあげて欲しいんです」
ノアを訪れた役人の男性は、人造兵は新しい生活に適応できない、と話した。天城はノアに、戦死することが一番の名誉だ、と言った――戦場へ行けば彼らは死ぬまで戦わされる――本当は行かせたくない。だが――この星で捕虜になったまま解体処分されてしまうのなら、彼らの本来の居場所である戦場へ帰してやる方がきっといい――ノアはそう思ったのだった。
「解放したとして、あの兵達がおとなしくこの星を離れると思うのかい?彼らは政府軍の人造兵だよ。何をするかわからない。危険なんだ」
「そんなの嘘です!」
ノアは叫んだ。
「あの人達は、危険なんかじゃない!本当です!」
「こんな風に侵入してくる相手の話を私が信じると思うのか?君だってそんな要求が通らないとわかっていたから、この方法を取ったのじゃないか?」」
一瞬ノアは言葉に詰まったが、必死に続けた。
「そうです、だけど!――天城さんは最初から僕に優しくて――助けてくれたり、食べ物を分けてくれようとした!他の二人だってそうです!バイオペットの僕に自由を与えてくれるんなら、天城さん達にだって与えてくれてもいいじゃないですか!お願いします!」
岩崎が訝 しげな声をあげた。
「……アマギ?君、今、アマギと言ったか?」
「え?」
ノアが聞き返したとき、部屋のドアが、きい、と小さな音を立てた。ノアに包丁を突きつけられたまま岩崎が叫ぶ。
「エリイ!部屋に戻ってなさい!」
「パパ……?」
その声がひどく幼い子供の物だったので、思わずノアはハッとしそちらに気を取られた。そのノアの隙を逃さず、岩崎は素早く腕を伸ばし、ノアが手にしている包丁を叩き落した。抵抗する間もなくノアは起き上がった岩崎に組み伏せられ、ベッドへ押さえつけられた。
「放せ……ッ!」
ノアは彼の下でもがいた。
「暴れるな。君みたいなバイオペットの両腕を折るのなんて私には簡単な事なんだよ。だがそんな場面を娘には見せたくない」
確かに、ヒトの男性の力にはとてもかなわない――ノアはあきらめてもがくのを止めた。駄目だった――悔しくて涙が滲んでくる。天城さんごめんなさい……やっぱり僕なんかじゃ……役に立たなかった……。
「君は宙港で保護されたバイオペットなんだね?」
唇を噛んで黙っているノアに、岩崎は更に訊いた。
「答えなさい。一緒にいて捕まったのは、アマギという兵なのか?」
「そうです……」
押さえつけられたままノアは答えた。
「アマギと、ではもしかして、サガミという兵が一緒にいなかったか?あと一人は……なんだったか……」
「音羽さん……ですか?」
ノアはぽかんとして訊いた。なぜこの人が……彼らの名前を知っているのだろう?
岩崎は急にノアの腕をねじ伏せていた手を放した。
ノアは訳がわからないまま岩崎の下から抜け出して起き上がった。開いたドアの所に立っている幼い少女が、ノアを指差し無邪気に
「ねこちゃん」
と言った。
「そう、ネコちゃんだね」
ノアの隣で岩崎が答えた。
「エリイ、お部屋に行ってきよさんを起こしておいで。どうやら恩人が見つかったようだ――」
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