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第35話
岩崎が呼びに行かせたきよさんというのは、少女の世話係だということだった。母親はいないらしい。
きよさんは眠そうな顔のまま少女に引っ張ってこられると、ベッドの上でまだぽかんとしているノアを見て、悲鳴を上げた。
「まあまあ!なんてこと!煤 まみれじゃありませんか!シーツまで!」
「ああ、本当だ……」
ノアのとなりの岩崎が枕もとのスタンドを点けて確認し、笑った。
「先週来た奇術師は絨毯をハトの糞だらけにしたし……悪ふざけはいい加減にしてくださいまし、旦那様!お嬢様を喜ばせたいのなら、もっと違う方法でおやりくださいな!」
きよさんは怒っている。
「君、煙突から入ってきたのか?」
岩崎がノアを見て訊ねた。
「え!?はい、そうです……」
「無茶をするなあ……もし落ちたら死んでいたぞ」
「あらま!こんなとこに包丁が!お嬢様が拾ったら危ないじゃございませんか!」
きよさんが驚いて叫んだ。岩崎が詫びる。
「ああ、すまない……向こうへ置いといてくれ」
彼はベッドから下り、少女を抱き上げて椅子に腰掛けた。そうしてきよさんと共に、ノアに説明し始めた――
岩崎は暫く前まで、戦地になっている星で仕事をしていた。
だが戦火が激しくなり危険になってきたので、幼い娘エリイを世話係のきよさんに託し、安全な星へ避難させることにした。しかし避難するために宙港へ向かったエリイときよさんが乗り込んだ輸送機は、方向を誤って戦闘地域へ入ってしまい、そこで墜ちた、と聞かされた。
岩崎は病気で妻を亡くしていた。今また娘を亡くし、生きる希望を失った――と思ったのだが、革命軍が侵攻し制圧した新たな星の避難民収容施設で、岩崎は奇跡的に娘と再会した。きよさんも無事だった。
輸送機が墜ちたのは戦闘地域からはやや外れていた。原因も機器のトラブルで、攻撃によって破壊されたのではなく不時着だった。だが状況は良くなくて、パイロットなどの乗組員は即死してしまった。
しかし後部に乗っていた避難民――エリイのような子供達が殆どだった――彼らはなんとか助かった。
駆けつけて救助にあたった、医療の心得があるらしい人造兵の応急処置が的確で、幾人かいた重傷者も命を取りとめたという。
きよさんとエリイは、怪我は軽かったのだが飛行機の残骸の下敷きになって閉じ込められ、抜け出せずにいた。近くで火が出てもう助からないと絶望的になったところに、大きな兵士達が現れて信じられないほどの強い力で残骸をどけ、二人を救出してくれた。その時きよさんは彼らがなんという名前なのか尋ねた。三人は、アマギ、サガミ、オトワだと答えた。
革命軍にも人造兵はいる。きよさんは、アマギたちが政府軍――避難民とは敵対している側の兵だと気がつかなかった。助けてくれたのでてっきり味方とばかり思い込んでいたのだ。岩崎と再会した時彼らの名を伝え、礼をするよう頼んだのだが、革命軍の記録に彼らの認識名は見つからず、探すのをあきらめていたと言う事だった。
話を聞き終わってノアは呟いた。
「そうだったんだ……天城さんが言ってました。その救助活動で本隊と離れちゃって、それで連絡船に乗ったんだ、って」
岩崎の膝に抱かれている幼い少女――エリイに目をやる。エリイはにっこりと微笑んだ。ノアも微笑み返す――天城さんたちが……この子を助けたんだ――
「彼らは……凶暴ではないんだね?無差別に攻撃してくるようなことは?」
岩崎が訊ねた。
「凶暴じゃありません!攻撃してるのなんか見たことないです!あの人たちは――ほんとに、危険なんかじゃないんです!」
ノアは叫んだ。
「しかし、政府の命令には絶対服従なはず――だが革命軍側からの避難民を積極的に救助している――ということは当然、民間人と戦闘員の区別はつけられるし、状況に応じて行動するということもできるのか――?」
岩崎は手を伸ばし、椅子の側らにあった電話を取り上げた。
「ああ、小野塚か?私だ――遅くにすまん。先日伝えた収容所の人造兵の扱いだが――決定を変更しようかと思う――」
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