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第5話
「……」
話すべきなのだろうか、正直に。
あの薬は胃薬ではなくて惚れ薬だったのだ、と。
純に一服盛って、自分に惚れさせたのだ、と。
「純、」
この気持ちは作り物で、本当は優吾のことなんて好きでもなんでもないのだ、と。
「あのさ、」
怖い。
自分のことを好きでいてくれるならずっと好きでいてほしい。
このまま薬の効果が続いてくれればどれだけいいことか。
だけど薬の効果はいつか必ず切れてしまう。
そうなったとき、純がどんな反応をするだろう。
「朝の薬、胃薬じゃないんだよね」
その反応を見たとき、きっと優吾は後悔するだろう。
ならば、言うべきだ。
そして、こんなごっこはお終いにするべきだ。
「惚れ薬、って言って、信じてくれるかな?」
後悔したくないなら言うべきだ。
軽蔑されたって構わない。
一服盛った優吾が悪いのだから。
「……惚れ薬?」
純は優吾から離れてきょとんとした目でこちらを見る。
惚れ薬なんて普通は信じられないだろう。
だけど、実際にそれは効果を発揮している。
だからこれは、嘘じゃない。
「そう。薬を飲んで一番最初に目にしたやつ、つまりオレに惚れちゃう薬」
「朝の、胃薬が?」
「うん」
「……惚れ薬?」
どうしても信じられないようで、純は優吾にもう一度尋ねた。
こくり、と頷き、優吾は純の手を取った。
「こうしても、嫌だって思わないだろ?」
「うん、嬉しい」
「それが、薬の効果。オレのことを薬のせいで惚れちゃってるから嫌だなんて思わないんだ」
つまりな、と優吾はため息をついた。
本当に、自分自身が嫌になる。
こんな気持ちになるくらいなら最初から惚れ薬なんかに頼るべきではなかったのだ。
「作り物の気持ちなんだ。ごめん、お前の気持ち、弄んでしまって」
「……」
沈黙が流れた。
優吾は俯いたまま、顔を上げられない。
純の顔を見るのが怖かった。
どんな表情をしているのか確かめるのが怖かった。
「……ユウ」
純の声は、いつもと同じトーンだった。
「オレ、お前のこと、好きだよ」
「……だから、それは作り物で、」
「オレの話、聞いて?」
純が珍しく大きめの声で優吾を制した。
驚いて、優吾は口を噤んだ。
「ハメたのは、オレなんだ」
「……は?」
優吾が顔を上げると、純は申し訳なさそうな表情をこちらへ向けていた。
「愛斗に相談したんだ。そうすればお前に振り向いてもらえるだろうかって。そしたら、愛斗が言うには、お前はオレのことが好きらしく、だけどそれを言えないでいる、と。だから、愛斗と一芝居売ったんだ」
意味が分からないでいると、純がポケットから薬のヒートを取り出した。
惚れ薬として渡されたものと一緒だった。
「見覚えあるだろ?」
「……え?これ、惚れ薬……え?」
「そもそも、惚れ薬なんて存在するはずない。考えればわかるだろ」
薬を受け取り、じっとそれを観察した。
どこからどう見ても惚れ薬のそれと同じ形状、同じ色、同じ大きさのものだった。
どうやら本当に、あれはただの胃薬らしい。
「お前に告白させるために仕組んだんだ。……卑怯者ですまない」
では、今までの純の言動は惚れ薬のせいでもなんでもなく、純粋に、優吾に惚れているから故の行動だった、と。
そういうことだろう。
「……つまり、もうごちゃごちゃ考えなくていいってこと?」
純の言うことが正しいのならば、惚れ薬のせいとか、効果が切れたらどうしようとか、そんな心配はもうしなくていいということだ。
今までの言動は全て本心からのもので、だとしたら、あの言葉も本気の言葉で。
「ねえ、純。もう一回言って?」
「何を?」
「好き、って」
優吾が純を見つめると、純は顔を真っ赤にし、だけど顔を背けることはなく、こくり、と一度頷いた。
「ユウ、好きだ」
「ありがとう。オレも好きだよ、純」
優吾はもう一度、純を抱きしめた。
純の温もりが伝わってきて、ドキドキする。
「卑怯でもなんでも構わないよ。お陰でお前に告白できたし、こうしてオーケーもらえたし、恋人同士になれたんだから。むしろ、策士って感じで、」
優吾は微笑んで純を見た。
「そういうとこ、好き」
「……そうか。そう言ってもらえると、助かる」
「純、キスしていい?」
体を少し離し、顔を近付けた。
「断る理由なんてないだろ」
「素直じゃないなあ」
くすり、と笑って優吾は純にキスをした。
後ろめたさも何にもない、幸せのキスだった。
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