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第26話

「‥‥‥はい」 恐怖のどん底の様でパニックになり過ぎて、もはや無の境地で俺は携帯を星野に渡した。 (さっき携帯が鳴ったのは、きっと陽子ちゃんだ。終わったな…俺。) 落ち込みながらも、俺はもしもの可能性にすがるように平静り装う。 「‥‥‥」 俺の携帯をニコニコ受け取った星野だったが、次第に無表情になり、仕舞いには不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。 「なにこれ。」 半ば怒ったような顔を星野はこちらに向けて聞いてくる。 「なに?」 分かってはいるが、頭が全く動かずとりあえず尋ねた。 「吉崎とはよく電話してるんだね…それに、俺と会ってる時間中も、他の奴と連絡をとっていたんだな…」 「……はい‥ゴメンナサイ。」 (え?なに??陽子ちゃんのことはバレてないの??助かった?早く携帯確認したい…にしても、お前、面倒い女かよ…) 焦る気持ちが募る。しかし、もし‥もしバレてないならばと、とりあえず調子を合わせる。焦りすぎて、謝罪が棒読みだったけど… 「あとは、今月末の同期の雪山旅行についてか。」 星野が俺の携帯を操作しながら、ボソリと言う。 (あぁ、俺まだ返事してなかったから、その催促だったのか?もういいから、早く携帯返せよ、星野‥) 「そうだ。俺、まだ幹事に返事してない!ちょっと、返事しちゃうから、携帯返してくれる?」 「…うん。」 渋々と星野が俺に携帯を返す。良かった。はやる気持ちを悟られないように、意識してゆっくりと自分の携帯を確認する。先程の携帯の振動は、やはり俺の旅行への参加不参加を問うものだったようだ。良かった!!首の皮一枚でつながった。 「‥‥星野は行くのか?」 星野が行っても行かなくても俺は行くつもりだったが、普通の会話、普通の星野に戻したくて、食卓に向かいながら話題をふってみる。 「ん〜、裕太は行くの?俺、今までそーゆイベント、裕太目的で参加してたし、今は家で2人でゆっくりしたいなぁ〜。」 (…質問の様で、実は答え決まってないか?)と、僅かにモヤっとしたが、星野がいつもの調子で話すので少しホッとする。 「俺は参加するよ。スノボ苦手だけど、好きだし。冬しか出来ないしさ。」 味噌汁を飲みながら、星野の命令をスルーして答えた。本当は、最近では毎度星野に捕まって吉崎たちとも中々会えず、皆と一緒に過ごしたいのが理由だった。しかし面倒くなりそうなので適当に言う。 「…そう……じゃあ、俺がスノボレクチャーしてあげる!」 「…えーー……悪いしいいよ。」 俺の返事を聞き、面白く無さそうにご飯を食べていた星野が、さも良いアイデアが閃いたと言わんばかりの勢いでニコニコと提案してきた。しかし俺にとっては最悪の提案だったため、やんわりと断る。というか、流石星野。苦手なものは無いのか… 「俺、初心者コースでのんびり滑るからさ…」 「遠慮しなくて大丈夫だよ。今まで誰かに教えるなんて、怠いからやったことないけど、裕太にならしっかり教えあげる。」 「……」 星野がにっこり、眩しい笑顔をこちらに向ける。対する俺はどんよりだ。 なんとも答えられず、もそもそとご飯を食べた。 「でもさ、そんなに急に俺とばかり居たら、皆に変だと思われるよ。俺と星野の事は皆に知れ渡らないようにするんだよね?俺がΩだってことは、黙っててくれるんだろ??」 怖くて聞けなかった事を遂に聞いてしまった。星野なら、付き合っていると風聴するどころか、あの動画をばら撒きかねないと恐れていた。けれどあの日の後、社内に戻ると星野は至って普通で、前と関係はそう変わらなかった。露骨にストーカーをしてくるようにはなったが。まぁ馴れ馴れしくはしてこず嬉しい反面、いつかバラされるのではとどこかでハラハラする毎日だった。 「裕太のバースは黙ってるよ〜。バレた方が面倒そうだし。俺と付き合ってるのも、本当はちゃんと皆に分らせてやりたいんだけど…今年弟がインターンでうちの会社にくるから、黙っていたいんだよね。ごめんね。俺、弟と仲悪くて、弟に知れたら、裕太に何されるか心配でさ…」 星野が神妙な面持ちで答えた。良かった!安泰だ!と一瞬思ったが、直ぐに考え直す。 (星野の弟で、星野がそんな心配するって、どれだけヤバい奴なんだよ…) 「でも、永井みたいな輩への抑止力は必要かもな‥」 インターン生が来る夏までに星野と早く縁を切ろう、俺はそう硬く誓った。その横で、星野がなにやらぶつぶつと言っている。 しかし、俺としても何も策がないわけではない。思うに、星野は今までモテモテだったらしい。だから俺みたいに嫌々星野に付き合うタイプは物珍しいんだろう。その上これまでをみていると、星野は少し…何というか……ドSだ。俺が嫌がると尚更、嬉々として強引に行為を進めてくる。キラキラ王子様スマイルではなく、どす黒い悪い笑みを浮かべて。あと、よく縛ってくるし。冷静に考えるとまじで危ない奴だ。怖い。早く離れたい。 だからつまれ、俺が嫌がると尚更に星野の変態趣向に合致して嬉しいんだろう。そこで俺が星野に懐いて甘えたらどうだろう。他の面倒な女みたいにさ。そしたら『なんだ、コイツも所詮他の奴と一緒か。』そう思うだろ? 「…」 「…?何?裕太、シャケじゃない魚が良かった?」 「いやいや。美味いよ!ありがとう。」 綺麗に魚を食べる星野をみて、俺は内心にやりとしていた。これでやっと、この危険人物から逃れられる。そう思った。

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