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第38話
同期と行った雪山旅行から2日、こんな事には早々に慣れた。…とか言えたら楽なのに。
「裕太〜、服ー、着せて〜。ボタン留めて〜。」
俺はあれからほぼ、星野の家で住み込みで星野のメイドの様な事をさせられてる。
「……はぁ…、じっとしてろよ。…はい。できた。」
「え〜、もっと!こっちを見上げながら、ゆーっくりボタン留めて〜。」
はぁ。馬鹿か。俺はいつまでこんな事をやらさせれるんだろう。一応、俺はまだ星野の事が大好きな恋人設定で動いているから、下手な悪態つくわけにはいかないが…。何度も喉元まで出てくるのは、やはり悪態。
「……」
「無視〜?」
俺は後ろでぶーぶー文句を言いながらも、楽しそうな星野を無視して食卓へ向かう。これから出勤だってのに…。ん?
「あ、母親からだ。」
「?なに?お義母さんなんて?」
お義母さんとか馴れ馴れしく呼ぶなっ!と心の中で罵るが、スルーして母親からのメールを読む。…。
「?どうしたの?裕太??」
俺の顔色は目に見えて青くなっていたかもしれない。星野も少し焦って心配したように俺の名前を呼んでいた。
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「母さんっっ!咲は?容態は?!」
俺は病室に入るなりそう母親に問い詰め、病室のベッドへ駆け寄った。
「あ、おにぃ〜。久しぶり〜。」
「!!」
しかし俺が駆け寄ったそのベッドの上では、俺の妹、咲が呑気に手を振っていた。咲の態度はあっけらかんとしており、元気そうだ。ベッド脇の椅子に座る母親は、俺の狼狽ように逆にびっくりしている。
今朝の母親からのメールは妹の咲が入院したという話だった。妹の持病はバース由来のもので、今までは薬で騙し騙し制御出来ていた。それがいきなり入院したと言われたので、どんな大変な事態かと思ったが、話を聞くと、どうやら病院に運ばれて来た時はかなり苦しそうだったが、今は薬が効いており問題ないとのことだ。
「裕太、お母さんのメールで仕事中に心配させてごめんね。…というか、もしそんなに酷い容態なら、メールじゃなくて電話するわよ。あとお父さんももう仕事に行ったわよ。」
「です、よね…。」
母親は申し訳なさそうに話していたが、後半は呆れていた。仕方ないだろう。俺はシスコンなんだ!
「?てか、おにぃの後にいるイケメン誰?」
その言葉は、妹のベッドに駆け寄った俺の後ろで、病室の入り口に依然として立っている星野を指していた。星野には、仕事もあるから大丈夫だと言ったのだが、心配なのでとついて来てくれたのだ。
「あ、これは、その…とも「お兄さんと真剣に付き合ってます!星野 宗介と言います。宜しくね。咲ちゃん」
えー!嘘じゃんっ!俺は何を言ってんだコイツと目を見開き星野を見上げた。いや、星野の中ではそうなのかな?友達と説明しようとしたら、なんか割り込まれたし…てか、これまた馴れ馴れしく咲ちゃんとか…。
しかし当の星野本人はニコニコといつもの人好きする笑顔を浮かべている。
「え?おにぃ、女の人が好きじゃなかったっけ??」
妹は少し戸惑っていた。流石、俺の妹、咲!よく気づいてくれた!
「…まぁ、イケメンだからか。おにぃ、Ωだしね。」
「へ?」
「いやいや、そんな事ないよ〜咲ちやゃん!俺、咲ちゃんのお兄ちゃんと付き合うのに凄く苦労したんだ!」
「え!?星野さんからアプローチなの?おにぃ、そんなモテたっけ?!びっくり!」
あっさり、イケメン効果で騙されてしまった…。その後も俺を差し置いて、星野と俺の家族は談笑している。星野って会社でもそうだが、人を掌握するのに長け過ぎだろ。悪人に持たせてはいけない能力だ。そもそも、付き合うのに苦労って…お前、俺を強姦&軟禁しただけだろ。
そんな俺の嘆きも虚しく、俺の家族とどんどん打ち解ける星野…。沼にハマっていってないか、俺?恐ろしい。
「そんな事より咲、体調はどうなんだ?大丈夫か?最近また変化があったのか?」
「うーん。今はかなり楽。ただ、最近は安定してたんだけど気を抜くとこうだし、やっぱりこれからを考えるとちょっと心配だよね…。帰省してる時で良かった。」
「そうか、周りに家族がいて良かったよな…。」
咲のバースはβだが、そのバースが不安定らしい。言っても仕方ないが、俺だって本来はβなはずがΩとして産まれてるし、うちの家系由来の病気なんだろう。バースは未解明な事が多い故、それに関わる病気もまだ未解な事が多い。咲の病気の特効薬も未だないし、完治は難しいのだろう…。
それから軽く話した後、咲も落ち着いているし、そもそも星野も俺も仕事もあるしと、一旦帰ることになった。
「お義母さん、差し支えなければ、咲さんどういった病気なのでしょうか?」
病室を出て、病院の玄関に向かう途中星野が母親に尋ねていた。タイミング悪く俺は会社からの電話がかかって来た為、その場を離れてしまい、そのやり取りへ参加することはなかった。だから少し気にはなった。
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「妹ちゃん、治るといいね。」
「うん。まぁ、完治は無理だろうけど。」
「…そうだね。」
病院から会社へ戻る帰り道、珍しく真剣な顔をした星野がそう言った。ニコニコもしていなくて、なにか真面目に考えているようだった。
その姿を見ていると、また妙な気持ちになる。旅行中に、星野に打ち明けられた話を聞いた時感じた気持ちと同じだ。
「宗介」
「なーに?」
「…ついて来てくれてありがとう。会社もあるのに。」
「はは、いいよ〜。裕太の支えに少しでもなりたいし。」
そう言って星野は優しく笑い、安心させるように俺の頭を撫でた。
(あーあ、いい奴だなぁ。なんで俺は……)
そこまで考えて、俺はその先を考えるのをやめた。星野は怪我をしてでも俺を庇ってくれたり、仕事を調整してでも妹の病院について来てくれたりした。それって、俺の事も俺の妹の事も真剣に考えてくれている姿勢の現れな気がする。それは大方、人が恋人に求める姿勢だ。少なくとも俺はそうだ。
(なんでこうなっちゃうのかなぁ。)
またもや悶々とする。
「宗介、今晩は、俺がご飯作っとくな。」
「そう?嬉しい〜!楽しみ!」
「…っ、そのかわり!夕方の会議終わり次第、すぐに帰って来いよっ!!走る勢いで帰ってこいよ!」
なんか…、甘い雰囲気にのまれたくない。俺は気を取り直し、嫉妬深くて重たい女を演じた。いや、重たい男か?
「え〜。分かった〜!」
でも星野はこちらが拍子抜けするくらい、ニコニコと笑う。まるで『我儘な恋人に振り回されて困ってます。というスタンスだけど、振り回されるの実は嬉しいです』的な。…言ってるこっちがわけ分からなくなってきた。
「むっ、遅れたら、もう食わせないからなっ!仕事と俺なら、俺をとって急げよっ!!」
「あはっ。かわいーっ!絶対裕太とる〜。急ぐよ。」
「…くっ!」
はー、本当に!星野はわけ分からん。結局俺は、相変わらずニコニコと機嫌の良い星野にたじろぐだけだった。
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「早っっ!」
その日の夜は星野の帰りがあまりに早く、俺はまだ鍋の材料を切っている最中だった。
「だって、早く帰ってきて欲しかったんでしょ〜?」
「お、おう……。まぁ、ギリギリだなっ!」
玄関で靴を脱ぎつつネクタイを緩め、星野はニコニコと話す。てか、俺は星野の家でエプロンつけて、玄関で星野を迎えて、変なツンデレみたいな発言して、何してんだ…。俺は嫁かっての。
星野を見ると、冬だというのに額に薄っすらと汗をかいている。本気で走って帰ってきただろうか。そんなに期待されても、俺は鍋くらいしか作ってないぞ。出汁も既製品だ。
「ふっ、裕太」
「?…っ!」
とりあえず星野が帰ってきたので大急ぎで料理を仕上げねばと、リビングへ向かう俺を星野が呼び止め、振り返ると急に廊下の壁に押し付けられてキスされる。
「……ふっ!急にっ、何?!」
「やー、仕事帰りの俺を裕太がエプロン姿でお出迎えって、はぁ〜、最高〜。」
「…アホか。」
「えー」
あ、いや間違った。本音がついつい出てしまう。
「…、なんてなっ!」
俺はギュッと星野を抱き返す。
「早く帰って来てくれて、嬉しい。」
俺はニコリと媚びて星野を見上げた。星野もとろけそうな笑顔を俺に向けてまたキスをしようと身を屈めてきた。いやいや、調子乗りすぎ。
「っと、だって帰り遅いと、浮気してるのかってイライラしちゃうからな!」
苦し紛れに星野に重たいコメントを言うと、星野がピクリと反応しキスへの動きを止める。え?本当?本当か!!浮気してくれてるの?!
俺は星野のその反応に何故かワクワクして、期待してしまう。
「…本当、」
「…!」
え。呑気にワクワクしていた俺とは対照的に、星野は無表情だった。俺を見下ろすのは、星野の冷たい目線。嫌な感じ。
「浮気されたらと、思うと本当にイラつくよね。」
そう言って冷たく鼻で笑う。なんだそれ。なんで星野が怒ってる風?なに?牽制されてるの?いやそれより、何故動揺するんだ俺。落ち着け。バレて……ないよな?
「ま、まぁ、俺、飯仕上げちゃうから、宗介も部屋着に着替えてこいよ!」
俺はするりと星野腕の中から抜け出し、リビングへと急いだ。
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ダイニングテーブルの上には、ぐつぐつと湯気を立てる鍋があった。
「わー、美味しいっ!」
「そうか。良かった良かった。」
星野は俺の鍋を美味しい美味しいとガツガツ食べた。
「いっぱい食べて良いからな!」
でも、これだけでガツガツ食べてもらえると正直嬉しい。
「うん!この後、裕太の事も美味しく頂くね〜!」
「うん。……うん?いやいや、美味しく頂くなよ!」
しかし気を抜くと直ぐに変な事を言うから、やはり星野に気は許せん。
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