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第45話

永井の話のオチがきた丁度その瞬間、星野がやって来た様で、急に飲み屋が騒がしくなった。俺は永井の話の内容も吹っ飛び、反射的に身構えてしまう。 「星野くんこっいこっちー!」 星野は一瞬俺をみていつもの様にニコリとしたが、呼ばれた違う塊へと移動していった。ホッとしたのも束の間、星野は丁度俺と背中合わせの様な形で隣のテーブルに座った。割と狭い座敷席なので、少し動けば身体が触れ合いそうな距離だ。 ドッドッ と何故が心臓が騒ぎ、嫌な汗が背筋に流れる。 変な事言われないか、変な事されなか、もっと最悪の場合、変な事を皆に言いふらされないか…。 「星野くん最初はビール?」 「うん。ありがとう〜。」 星野が来たからと隣では乾杯をし直している。とりあえず、星野に何も変な動きはない。永井や吉崎が話しかけてくるが、全然内容が頭に入らない。後ろの星野に全神経が持って行かれる。 「星野、お前、噂の彼女とはどうなったんだ?呑みへの参加久々だよな。」 不意に同期が星野に尋ねて、俺は動き求めて星野の回答に耳を傾けた。 「あ〜、ははっ。ちょっと喧嘩しちゃったかも。」 「え、なんでなんで?」 「んー、俺の彼女、素直じゃないところあるから。」 お前の中では喧嘩で処理されてんのか。 「まぁ、でも、直ぐに仲直りするよ。彼女も自分の勘違いに直ぐに気づくと思うし。」  なんだそれ。勘違い? 「なにそれ?」 「彼女が悪かったの?勘違い?」 周囲はワイワイと更に星野に詰め寄る。星野は《喧嘩している》と言う割には、周りからの質問に穏やかに答えていた。まるで何でもない事かのように。それが俺にとっては1番不気味で怖い。大体勘違いってなんだよ。 「なー、山本!俺の話どう?聞いてた?」 「あ、ああ…」 永井が急にさっきの話を掘り返してくる。しかし星野に気を取られて正直なんの話だったか、内容が吹っ飛んでしまった。 「ははは、まじで、永井は裕太と付き合いたいの?冗談じゃなくて?」 「あー、それ。はは、じょっ、ーーわっ!」 吉崎が冗談だよなと茶化したのにのっかり、俺も冗談だろうと言おうとしたが、後ろからの衝撃で前のめりによろけた。 「あー、ごめんごめん、裕太。」 ドッ 星野が席を立とうとした際に、俺と背中がぶつかった様だ。 何故が汗が吹き出して、引きつった様な笑いを浮かべてしまう。 「…あ、ううん。だ、大丈夫だよ、星野」   「…はは、星野?」 「…」 「星野、お疲れ!遅かったじゃん!」 《宗介》ではなくて《星野》。そう呼んだ事を咎めるように、周囲には聞こえない位小さな声で星野はボソリと笑った。星野の意味不明行為に、俺は何も言えない。そんな妙な雰囲気は、永井の強引な介入でなんとか解消された。正直ありがたい。 「おー、永井!お疲れ〜!…永井、俺が前に話した俺の彼女についての話、忘れたの?」 「え〜?なんだっけ?忘れたかも。」 「……ははっ、永井、お前、ちょっとこっちこい。」 「え〜〜、行きたくない。怖い怖い。」 「来い。」 芝居がかった仕草でそう言って永井は俺にくっついて来た。それを星野が笑顔のまま引き剥がし、そのまま、永井を連れて皆から離れた手洗い場の方向へずるずると引きずって行った。何なんだよ、あの2人…。 「何なんだよ。あの2人…」 俺と全く同じことを考えていた吉崎が、不思議そうに首を傾げて同じ事を呟く。 「だよな…。」 残された吉崎と俺はポカーンとするだけだった。 それからは俺の警戒心は空振りをしたようだった。星野に何かされる事もなく、呑み会は穏やかに終了した。そうだよな。星野に何かを強制されるネタももうないし、俺はもう何も怖がらなくていいんだ。星野との縁は切れたんだ。自分に何度もそう言い聞かせた。 ---- 「ふんふーん〜。ふんふんっ。」 星野と縁を切って2週間弱。 星野に呼び出されても、冷たく返せば特に何かされることもなく、俺の日々は平和だった。帰り道には自然と鼻歌を唄うくらいだ。 今日は週末なので、ビールとレンタルした映画を持ち、心地よい解放感とともに帰宅していた。 星野と会って様々な自由が制限されるまで、俺はこうして週末は仕事からの解放に溢れ、ひっそり晩酌しながら映画を見たりしていたんだ。それが小さな幸せだ。…ビールと言っても、フルーツビールだけど。 ルンルンとした気分で自分のマンション前に着くと、違和感があった。 「あれ?俺、部屋の電気つけっぱなし?」 家を出る時に消し忘れたかな? 俺の家には電気がついていた。まぁ、時々やってしまうよな。気を付けねば。 カンカンと音を立てて、外の階段を上がり、2階にあるある俺のマンションの前まで進んだ。 ガチャンッ 「?俺、鍵も開けっぱなしだったか…。これは流石に気を付けないとな。」 鍵を開けたつもりが、どうやら締めてしまった様だ。と言うことは、朝施錠し忘れていたと言うことだ。オートロックでもないマンションなんだから、こっちは本当に気を付けないと。ブツブツ独り言を言いながら、俺は再び鍵穴に鍵を入れ鍵を開けた。玄関に入り屈んで靴を脱ぐ。 「え。」 そして、そこで初めて気づいた。俺のものじゃない靴がそこにあった。磨かれた革靴。サイズは俺より大きくて、 「裕太」 「!!」 「おかえり。」 星野が部屋の奥から出てきて、にっこりと俺を見据えていた。

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