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第46話
ガシャンッ
驚きのあまり、俺はその場に尻餅をついてしまった。俺の手の中にあったビールとレンタルDVDが不穏な音を立て廊下に落ちる。
「…ぶっ、ふふっ、」
カシャッ
「裕太は想像以上にいい顔するね。撮っちゃった。」
星野が携帯を片手にニヤリと笑っていた。どうやら携帯で俺を撮影したらしい。茫然自失となっていた俺だが、星野の携帯のカメラ音で我に帰る。
「ほしっ、星野…なんで…。不法侵入だぞっ!」
なんで、星野が俺の部屋にいるのか、なんで今更、なんでなんで!?
「星野?」
一瞬ムッとした顔をして、俺が言った《星野》という自分の呼び名を反復した。
「…宗介。」
俺は星野を名前で呼び直した。星野は満足気に微笑んだ。ただの呼び方だけど、それはまるで以前の関係に戻った証の様で、言うのが辛い。
「ははっ、彼氏が彼女の家に行くのに、理由いるの?」
「彼女って……。もう、お前と俺は関係ないんだっ!もう俺に近寄るなっっ!」
俺は弱い犬がよく吠えるように、震える自分を誤魔化すように、腰が抜けたまま怒鳴り散らした。星野は相変わらずニコニコとして、俺の話をうんうんとただ聞くだけだ。
「裕太、今夜DVD観るの?」
徐に星野は屈み、俺の横に落ちたDVDを拾い上げた。
「は?おいっ、聞けよっ!」
「俺もいいDVD持ってる。」
「はぁ?」
「ほら。」
「…」
嫌な予感がした。星野が取り出しのは、何のラベルも貼られていないものだった。
「俺の、大事なフォルダのバックアップ。」
「…そっ…全部、消したはずじゃ…」
「ふふ、裕太ってパソコン関連本当に疎いよね。普通は、大事なデータは、バックアップ、取るものだよ。」
「…!」
俺に教える様に、言葉を区切り区切り、俺と目線を合わせ、星野はニコニコしながら説明する。
「別にこの動画でどうこうしようなんて考えてなかったのに、チラつかせないと会えもしないんじゃ、こうするしかないよね〜。」
星野は俺の肩を掴み、俺にキスをしてきた。
「これで分かった?勘違いは解消した??裕太と俺は、もう離れられないんだよ。ずっと、一緒。」
「……」
そう言って、星野は俺に抱きつく。
これが、言ってた《勘違い》?
「ね、裕太、」
「っふ!」
急に耳元で話され、びくりと身体が震える。
「仲直りに、しよ?」
「っぁっっ…っ」
そのまま耳をベロリと舐められて、変な声がでてしまう。
足が竦む。俺はもう普通の日常に戻ったんだ。その後にこの展開で、心が折れそうになる。何も言えず項垂れている俺を、星野は優しくエスコートするようにベッドへ誘う。
俺の部屋は大きな星野の家とは違い、ワンルームの小さな部屋だ。その端に置かれたベッドへ、星野は俺を優しく横たえて乗り上げてきた。
俺はもう、ただただされるがままだ。
「ふふ、何か、悲愴感漂ってるよ?そんな裕太もいいね〜。見てるだけで勃っちゃいそう。」
そう言いながら、変態はしつこく俺にキスを繰り返す。確かにそう言って押し付けられる股間は既に硬くて、俺は一層暗い気持ちになる。
「あ、スーツ、シワになるから脱ぐ?そのままが良い?俺はそのままでしてみたい気持ちもあるけど」
そのままなんて、特殊性癖のお前だけだろ。
「……脱ぐ。」
「うんうん。スーツは今度しよーね!」
しねーよ。
俺はもそもそとジャケットとスラックスを脱ぎ、ネクタイを解く。
「ほしっ…あ、宗介、ゴム」
悲しい事かな。俺は陽子ちゃん用に買っていたゴムを、星野におずおずと差し出す。
「裕太これも勘違いしてる。」
まだあんのかよ。
俺は何のことか、もはや投げ槍な気持ちで部屋の隅をボーと見ながら、星野の言葉を待つ。星野は、だからね、と言いながら俺を再びベットへ寝かせた。その時、初めて星野と目が合った。何処となく星野の瞳の温度は冷えており、微かな怒りが見えた。俺はボーっと、あぁ、なんか怒ってるな位に考えていた。
「Ωの男の妊娠確率知ってる?」
「…」
星野の質問が唐突で、俺は黙った。
「女にしたら不妊治療必要なレベルだよ?ヒート中にやってやっと普通の女の子位かな?」
「…」
そうなんだ。時々しれっと中で出されてたから、少し安心した。けど、だから何?
「だからさ、裕太。裕太と俺のエッチは、ただの快楽目的じゃないんだよ。」
「?」
それならますます意味わからない。じゃぁ、何なんだよ。何がしたいんだ。何の目的があって、こんな、俺を陥れるような事をするんだ。
星野は俺を上から見下ろし、口の端を歪めて笑った。
「生殖行為だから。」
「………は?せっ…は??」
聞き慣れない言葉、いや、意味は分かるけど、理解出来ない。したくない。俺は固まった。じわじわと胸に困惑と恐怖が湧いてくる。
「交尾、交合、種付け、言い方は色々だけど、そういうもの。確率が低いんだから、毎回ちゃんとしないとね。」
「……」
俺は目を見開いた。星野は「ね?」と首を傾げ、愛おしげに再びキスをしてくる。俺は改めて、コイツは異常だと思い、怖くなる。身体が震えて逃げ出したい衝動が高まる。しかし星野は依然として俺のマウントポジションをとっている。
「だからさ、ゴムは要らないの。さぁ、しようか?」
「……ぁっ」
「子作りをさ。」
「うぁっ、…ぅ…」
星野は徐に俺のシャツのボタンを開け始める。
「ははっ、泣いてるの?」
「…ふっ…」
言われて気づいた。俺は自然と涙を流していた。だって、星野が怖い。そしてこんな星野から俺は逃げられない、かもしれない。絶望的だ。
「はははっ、うんうん。そうだね。俺も。俺も裕太が大好きだよ。また一緒にエッチ出来て、嬉しい。」
「うぅっ…」
星野がニコリと背後に花が舞うよう幸せそうに笑い、俺の涙を舐めとった。いや全然、話通じてないし。
俺は星野が俺の身体を弄るのをそのままに、されるがまま涙を流し続けていた。
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