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第51話
「うー、頭痛い。」
朝起きると、酷い頭痛だ。当たり前だ。あんなにアホみたいに飲んで…。ワインだから、度数が高かったんだろうな。とりあえず、頭痛薬を飲みたい。
のそりと俺はベッドから出てリビングに向かった。
「うぁっ。…」
リビングは惨状だった。昨日俺が使ったコップは窓側で粉々になっており、当たった窓はひび割れている。ワインの瓶はソファ脇のフロアライトに当たりワインをぶちまけていた。そのせいでフロアライトが倒れて破れている。ソファもワインでびっしゃりだ。これら…もしかして…昨晩俺がドタドタとトイレに入ったから、その時に蹴り倒したのかもしれない…。いや、星野はまだ帰っていないから、そうしかない。
「ど、どうしよう……」
俺はオロオロと狼狽た。グラスも窓もだけど、フロアライト…。星野が気に入ってた洒落たデザインで、高いやつだ。弁償しようにも、幾らするんだ…。これは流石に星野に殺される!!と、とりあえず、片付けよう…。
気持ち悪さと闘いながらガチャガチャと片付けていると、玄関から音がした。星野だった。
「あ、裕太、おはよう〜。」
「おかえりなさいっっ!」
「…」
俺は星野に走り寄り、ぎゅっと抱きついた。星野の動きがピタリと止まる。そりゃ、そうだ。挙動不審だが、兎に角媚びうって、ご機嫌とって、謝って…。
「すっ、すみませんっっ!!」
「……」
星野は動かなかった。玄関とリビングを繋ぐドアは開け放たれているから、リビングの惨状は多少見えているだろう…。怒ってるかな…。
「フロアスタンド……と、部屋、荒らして…。あとお酒も…。」
「…………なんだそっち…」
え?そっち?どっち?
恐る恐る見上げた星野は無表情だったが、俺と目が合うと取り作るようにニコリと笑った。俺も一応ヘラりとつられて笑う。…なにこれ?
「部屋は俺が昨日やっちゃったんだ。だから大丈夫だよ〜。昨日、帰って来た時、部屋が暗くて、こけちゃって色々倒しちゃったの〜。」
「へ、へぇ、そうなんだ…。」
なんだ。お前か。案外おっちょこちょいだな。少しホッとしたのも束の間、見上げた星野の様子に違和感を感じる。こちらを全く見ないし、こんだけ近づいたけどキスもしてこない。極め付けに、笑顔の割になんか、目が……。考えすぎかな。とりあえず俺は星野から離れた。てかよくよく星野を見たら、髪もセットされておらず、癖毛そのままでモサッとしてる。コンタクトもしておらず、眼鏡をかけていた。
「?えと、まぁ、とりあえず、部屋さっと片付けるか。」
「うん。そだね〜。手伝ってくれてありがとう〜。」
俺が離れた事になんのコメントもなく、スタスタと部屋に入っていく星野。やっぱり、なんだか変だぞ?いつもはとにかくくっついて離れない男が。
「宗介、いつ帰って来たんだ?部屋が暗くてって、夜帰って来てた?」
「あ〜、うん。そうそう。」
星野は俺の方も見ずに、怠そうにそう答えて、淡々と物を片付ける。しかし、ベッドにいたか?でも俺爆睡だったからな…。俺は酒を飲むと寝れるけど、ちょっとやそっとじゃ起きなくなるからな。しかし…
「てか宗介、疲れてない?」
「…」
そこで初めて星野は手を止め、俺をみた。星野の顔は眼鏡と前髪で隠れて見えないが、きっと表情のない顔をしてる。じっとこちらをみつめてくる。
「……疲れてる。」
「やはりか。俺、あとやっとくから、宗介は寝てていいよ。」
仕事が忙しいんだろう。最近は経営企画とかに片足突っ込んでるらしいし。これくらいはやってやるさ。
「……寝れない。」
は?なんじゃそりゃ。
俺は頭の上にハテナを浮かべ、星野を見つめ返す。対する星野はゆらりと立ち上がり、俺のすぐ前にたった。幽霊みたいな動きだ。
「!!うっ、たっっ!」
なんだろうと見上げると、そのまま、硬い床に押し倒される。え、まさか、やるの?嫌なんだけど…。不意打ちすぎる。
「そ、宗介?」
「…」
しかし、星野は全く動かない。星野は俺の上で四つん這いになり、その両手で俺の両手を床に縫い付ける。間近で見えたその瞳は暗く淀んでいる。
その暗さにゾッとする…。
まるで、このまま殺されそうだ。
「…っ、宗介?なんだよ…」
「……」
「そっ、…!!がっ、あ゛つっっっ!」
星野は何も言わず、急に俺の首を絞めて来た。それは容赦ない力で、俺は顔を真っ赤にしてもがいた。星野の手を掻き毟るが、びくともしない。俺の呼吸器がひゅうひゅうと不穏な音を立てて、口から涎が垂れた。
ピチャ
淀んだ瞳のまま、その涎を星野が舐め上げてくる。しかしそんな事に構ってられない程に、頭の中はパニックだ。
(…ほ、とに、しぬっ…)
あぁ、こんな、変態に弄ばれて、死ぬんだ…。最悪だ。そう思うと泣けて来て、それを見てか、星野がピクリと動き顔を上げた。
「どうして…」
意識が朦朧もして来たところで、星野が何か呟きその手が解けた。
「はぁっっっ!ゲホッッゲホッゲホッっっ!はぁっはぁっはぁっ!!」
星野は依然として俺の上にいるが、俺はそんな事に構ってられず顔を背けて咳き込んだ。生理的な涙が止まらない。
「お前っ!!くそっ!ハァッッ退けろよ!」
「……」
星野は何も言わない。怖い。星野と目を合わせられない。俺は自分の体を守るように顔の前で腕を組んだまま怒鳴った。
「…裕太、裕太、ゆうた……ゆうた…ゆうた…ごめん。ごめんね…。ゆうた…。」
意味が分からん!あと怖い!!
星野はブツブツ呟きながら、抱きついてくる。抱きつくより、離れて欲しい!殺されかけた奴と距離を取りたい…。もはやホラー映画の中に入ったみたいだ。朝日で暖かいはずの部屋が、薄暗い気すらしてくる。
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