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第52話
体感的には数時間だが恐らく数分間、俺は星野に抱きつかれていた。身体は恐怖で震えるが、星野を刺激するのが怖くて黙って耐えていた。しかしその後、星野は俺に何をするでもなく、俺を帰した。
その後から、星野の呼び出しはない。つまり、俺はやっと星野から解放されたかも?わーい。
「とか喜べねー…。」
俺は自分の部屋で頭を抱えていた。最近は頭を抱えてばかりだ。星野に殺されかけて一転、ここ数日星野からの連絡はない。素直に喜べないのは、星野のあの目。あの時見せた、星野の仄暗い目は半ばトラウマだ。
……星野に、夜道でいきなり刺されたらどうしよう…。
最近は夜道も怖い。星野と距離を置いたら少しは色々と整理出来てクリアになると思っていたのに、また星野のサイコ行動への恐怖で、思考が全てが持ってかれる。
そうこうしていると、永井から連絡がきた。
《こんばんは〜!山本、今週末ひまー?前合コンしたメンバーで、今流行とかいう映画見に行こうって話になってんだけど、行かないか??》
あー、そうだ。
あんな中途半端なところで、俺は陽子ちゃんに返事を未だしていなかった。というか、あんな事あった後に恋愛脳でパヤパヤやる気になれなかった。しかし妙なところで連絡が途絶えて、陽子ちゃんには申し訳ない。あの後謝罪の連絡をしたが、正直未だ気まずい。
〈行く。土曜日?何時からのやつ?〉
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「ん?電話。…げ」
金曜日の定時後、会社のビルを出たところで、電話がかかってきた。星野だ。
『裕太ー?これからご飯行こうよ〜。』
えー!何こいつ。何、普通に電話かけてきて、普通に誘ってきてんの?行きたくない。しかし行きたくないなんて、俺に選択肢ないんだろ…。あー、俺はまだ星野から解放されてなかった…。気が重い。
星野に指定された駅前の広場に行くと、俺の不安に反してニコニコとした星野が居た。
「裕太、久しぶり〜。」
「…久しぶり。」
俺は星野の様子を注意深く観察する。うん。普通な感じ。大丈夫そう…。とりあえず、此処では刺されなさそう。
「あー、久々の裕太、嬉しい〜。」
俺が久々の星野を観察をしていると、急に星野は俺の首元に鼻を近づけてきた。俺は一瞬反応が遅れる。
「…ちょっ!近いっ!」
俺は慌てて星野を追い払った。
「えー、前みたいに可愛くしてくれるって約束でしょ?」
星野はいつものごとく、ニコニコと笑って茶化してくる。良かった。ただの変態だ。つまりはいつも通りの星野だな。
「だって、ここ、会社の最寄駅前だし…。家とか、あと今週末にまた仲良くしようぜ。」
そう言って、あ、まずいなと思った。変な言い方。別に仲良くしたい訳でもないし。
「ふっ、そうだね。週末楽しみだなー。」
星野は何処となく捻くれた笑みを漏らした。むしろ喜ばせてしまったと思ったんだが…意外な反応。喋り方も棒読み?まぁ、星野の思考を普通の人が理解する事は出来ないからな。
「宗介、ご飯何処行く?えーと、ワイン飲めそうな店だよな??この辺りだと…」
星野はワインが好きだから、よくワインが飲める店をチョイスする。もはや習慣となっている俺のお店チョイスだ。俺もなんやかんや言って、星野に飼い慣らされてるなー…。そう考えながら、俺はスマホで店を探し始めた。
「ううん、大丈夫。お店は予約してるから。それより、スマホ、辞めてくれる?」
「……はい。」
しかし俺がスマホを弄ると、星野は急に俺のスマホ掴んで、何処となく不機嫌そうにそう言った。
な、なんだよ…。妙に威圧感あるな…。
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「え、ここ…?」
星野が予約した店は、俺が前に陽子ちゃんとデートをした店だった。だから俺は中に入るのを思わず躊躇した。
「なに?なにか問題あった?」
俺の後ろに立つ星野が笑顔を浮かべたまま、がしりと俺の肩を掴んだ。この店は路面店でこの辺は店も多い、偶然被るなんてある?でもそこそこ有名な店だしな…。自分の中に、ザワザワとする感覚が渦巻く。しかし、星野は俺をグイグイ押してくる。
「食べ終わったら、水族館行こうよ。」
「…え?」
星野の発言に、唯でさえ星野に押されよろよろとテーブルに向かっていた俺は、更に転けそうになった。だって、それってもしや…
「夜の水族館展。行こ?」
「…え、お、おう…。」
星野はニコニコ。いつも通り。いつも通りに見える。寧ろ、いつもより機嫌が良さそう。なのに、僅かに漂うこの威圧感。
「裕太なに食べるの?パスタ?」
「…うん。そうしようかな。宗介は?」
「うーん、どうしよかな。このお店のパスタ、美味しいの?」
「美味しいよ…って、へ?なんで…」
星野は相変わらずニコニコとこちらを見据えていた。
「なんか裕太、来たことある感じだったから。知ってるかなって。」
「う、うん。そうか。」
ギクシャクした雰囲気のまま、料理が運ばれてくる。
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食後、星野の宣言通り俺たちは水族館に来ていた。気は進まない…。なんで星野は急に水族館なんて言いだしたんだよ。星野案外インドア派?なのか知らないが、俺と会う時は大体星野の家が俺の家だった。水族館なんて、星野とは初めてきた。まさか…、まさかだよな?
「宗介、外で会おうなんて珍しいな。」
相変わらずムーディーな空間。薄暗い空間に青い水槽。陽子ちゃんと来た時は素直に綺麗だと思ったが、隣に星野が居るとそれも唯の恐怖空間だ。さながらお化け屋敷。
「そんな事、あるかな〜?まぁ、あるねー。家の方がイチャつけるからね〜。」
「……」
そうですか。
「けど、裕太も外で行きたところあったら言ってね。彼女の要望ならなんでも聞くし。」
「……」
え?
「裕太は彼女だよね?俺の。ね?そうだよね?俺のだよね?」
「……そ、そうです。」
星野は食い気味に、俺の肩を掴んで問い詰めてくる。いや、薄暗い場所で、超、怖いんだが…。勢いに負けて俺は頷く。
てかこいつはまだ本気で彼女とか言ってんの?どこの世界に脅してる奴を、彼女という馬鹿がいるんだ。俺の気分的には、彼女ではなく、奴隷だよ。下の世話つきの…。そうです。平たく言うと、性奴隷です。そんな気分なんだけど…。
星野は俺の返答に満足気に微笑んで、今度は熱帯魚の水槽を覗き込んでいた。
「俺、今度は駅ビルの日本酒バル行きたいな〜。後は、仲通りにある地中海料理の店〜。あのテラス席があるとこのさ。あとは、」
星野がつらつらも行きたいお店リストを発表する。
ぜ、全部、俺と陽子ちゃんが行った店ですね。俺は引きつった笑顔で「そうだな」と相槌を打った。これはもう…決定的だ。
「しかし水槽って良いよね〜。一度捕まえて入れとけば、逃げられないし。」
「……」
「放飼は逃げちゃうからな〜。ははは。」
星野は、知ってる。
陽子ちゃんとは、もう終わりだ。じゃないと…。俺はあの時の星野の仄暗い目を思い出して、ゾッとした。
「……宗介」
星野が嘘くさく笑っていたが、ピタリと動きを止めた。こちらを振り向かず、相変わらず水槽を見ている。しかし意識はこちらに向いているようだ。
「……」
「すみませんでした……。」
俺は観念してそう言った。
内心まだ納得は出来ないが…、ははっ、俺、星野の彼女らしいからな。とんだ茶番だ。
「あの……すみませんでした。あれは、その、「もーいいからさ。」」
「え。あ、」
俺の謝罪を遮り、星野は振り返った。星野はまた仄暗い目をして、俺はギクリとなる。
「そんな、胸糞悪い、クソみたいな話はもーいいからさ、キスして?」
「…はい。」
仄暗い目で、珍しく口悪くそう吐き捨てると、星野は急に笑顔になりキスを要求してくる。笑顔が明らかな嘘で怖い。本当は凄く怒ってる。あー、これで俺殺されかけたの?浮気だって?いやいや、俺はお前とは付き合ってない。こんなの…違う。
また暫く、俺は星野の性奴隷になるみたいだ…。暫く。もー、どうやれば俺はこいつから逃げれるんだよ…!!
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