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第3話

後ろはともかく隣は気になるな、と顔をあげて見ると、俺のとなりに榛名が来た。自分が机を置きたい場所にまだ移動していないヤツがいて、立ち止まるしかないのかも、と考えた数秒後、榛名は丁寧に机の位置を確認し椅子に座った。 それからゆっくりと俺を見る。 「……っ」 これまでの3ヶ月、本人に記憶があるのかないのかは分からないが、一応関わりはあったわけだ。何かしら言われるかもしれない。 「ねぇ」 「な、に?」 「お前の名前って、内田だっけ? 内村だっけ?」 「……は?」 口を開いたと思えば、相当に失礼なことを言っていないか? 「内田だよ」 「ふぅん、そっか」 ピキッと、頭から変な音がした。確かに夏休み前まで話したことはほとんどないし、ここ3ヶ月毎朝電車で隣に座って肩を貸していても、結局それだけの関係だ。 それでも、だ。 名前を知らないって、それはあまりにも酷くないか? 誰かと関わることが少ないこの俺でもクラスメイトの名前は覚えているというのに。 「あー! 榛名くんの後ろだ~。嬉しい」 「七菜じゃん。よろしく」 「うん!」 榛名は俺との話を終え、後ろに移動してきた女子と話を始めた。キャッキャと嬉しそうにはしゃぐその女子は、誰が見ても榛名に恋をしていると分かるほどだ。 はっ。ソイツの名前は覚えているんだな。 また、頭から変な音がする。二人の声を聞いていると、体温まで上がってきた。 俺だけだったんだ。この3ヶ月の間、考えていたのは俺だけだった。 榛名はたまたま俺の横に毎朝座っていて、それでたまたま俺の肩にもたれていただけだったんだ。 同じ制服だなとか、そういえば同じクラスにいるヤツだなとか、名前なんだっけ? とか、一切何も頭に浮かばない。 だから俺に毎朝挨拶もないし、隣が誰かも意識しないんだ。 誰の肩でも良かったということだ。 「はっ」 ふざけるな。クラスで一番イケメンで、常に女子に囲まれていて、勉強もスポーツもできて、それで良い気になっているのかもしれないが、人間としてはクソじゃあないか。 俺はいつまで騒いでいるんだという意味を込め、コホンと大きめに咳払いをし、広げていたテキストに意識を向けた。

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