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第7話
目があったのだから、おはようと言うべきなのだろうか。
いや、席が隣になって数回しか話していないんだ。俺の名前なんてどうせ忘れているだろう。
榛名は数秒だけ俺を見て、それから何事もなかったように視線を手に持っていたスマホに移した。
俺の隣に座ってきたけれど、「おはよう」と挨拶することもなく、まして、少しだけ手をあげて反応することさえもなかった。
同じクラスなのに。
俺だけが榛名を知っていて、やはり彼の中で俺は、今日も背景の一部でしかなかった。
俺の心の内など何も知らない榛名は、しばらくスマホを触っていたが、すぐに寝落ちた。
「寝てる……」
前に頭が落ちており、このままだと首を痛めそうだ。
だからと言って、俺が榛名を気にする必要はないんだ。
それでも、榛名の肩が俺の肩に触れていて、久しぶりにこの熱を感じると、心臓が騒ぎ出す。俺は、曲のリストを必要以上にスクロールした。
その時、ゴンッと鈍い音がして、横を見ると榛名が後ろの窓に頭をぶつけていた。起きずにそのまま寝ているが、かなりの音だったから相当な衝撃だ。
痛そうだと見ていると、再び頭が前に倒れ始めた。次にまた電車が大きく揺れたら、榛名はさっきと同じように窓に頭をぶつけるだろう。
そして、予想通り榛名の頭が後ろに倒れそうになった。その瞬間に気づけば手を伸ばして、榛名の頭を支えていた。
「……っ」
咄嗟にそうしてしまったけれど、これからどうしたら良いのか分からない。いつまでも頭を持っておくわけにはいかないし。
十数秒程悩んだ末、俺は自分の肩に榛名の頭を乗せた。
結局、こうなるじゃあないか。
いつまでも暢気に寝ていて起きないけれど、俺ばかりが榛名を気にかけて、こうして気を揉んでいる。
何が背景の一部だ。
榛名。背景はお前のことを助けてなんかくれないんだぞ。
何も知らないで、知ろうともしないで。
久しぶりにここで見かけたサラリーマンにさえ俺は何か思うことがあるというのに、榛名は同じクラスで隣の席にもなった、そして今頭をぶつけないように配慮して肩を使わせている俺のことなど、一切考えていないんだ。
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