ただ、肌理の細かいというのはリョウさんの褒め言葉だろうなって思うと嬉しくなった。 　でも、これは私服を選んで貰う話とかじゃなくて――映画「ローマの休日」でアン王女様が髪の毛を「今風」に切って貰うのとはわけが違うだろう――ショーのためだと思い直した。 「そうだね。ポロシャツとかＴシャツだったら、最終的に脱がされるだけになってしまうし……」 　ショーの見栄えという点を優先すれば、リョウさんの言う通りなんだけど、家で着ているのはそういう服なのでむしろそっちの方が良いなと思うのはきっと僕のワガママだろう。 　でも、どっちも良くて首を傾げてしまう。するとリョウさんが何だか考えに沈むような雰囲気の瞳で僕を見てる。 　あ！ショーの服選びに戻らなきゃと思って服に目を落とすと、値札と思しきタグ（？）が付いていた。 　家では家政婦さんが着る物まで用意してくれているのが普通だったので、お店で買ったことはないし、こういうのって皆どうしているのか分からずに、更に首を傾げてしまった。 「リョウ、値札が付いているのをどうやって着るの？」 　困って聞いてみることにしたら、リョウさんが物凄くビックリした感じの表情を浮かべた。ごく一瞬で平静な顔に戻ったのは僕への配慮だったならとても嬉しい。 「――今までどうやって着ていたんだ？」 　確かめるような口調が逆に好奇心とゆうか、未知な動物に出会ったみたいな感じを受けた。 　まあ、僕がロクに外に出ないのがいけなかったのだろうけど。 「え？タンスの中に服が入っていて、それを適当に着るだけだったよ。 　それに季節に応じてタンスの中身は替わったし、古くなったのは自然にどこかに行ってしまっていた……」 　それがごくごく普通過ぎて、でも僕の「普通」が他の人にとって「特殊」なんだろうなとは思った。 　ユリさんだって時々毒を吐くみたいに「だから世間知らずの御坊ちゃまはこれだから」みたいなことを言っていたし。 　でも、僕が「特殊」なのは生まれた場所が悪かったせいで――今になってはシミジミと実感した――これからは「普通」の生活をしたいな！！と切実に願ってしまう。 　家には帰らないという決意を実行するためにもお金が必要だ。 　えっと、家賃とか電気とか水道代とかまで払わないといけないんだったよな？とユーチュー○で見た「普通」の生活の断片をかき集めて思い出そうとしたけれども、あいにく具体的な数字を見た覚えはなかった。 　だからいくらくらいかかるのかとかまでは分からなかったけれど、ショーが上手く行けば栞お姉さまが諭すように言ってくれた感じからすると、当分の生活が出来るくらいの額が貰えそうっぽかった、多分。 「このカゴの中に買いたいものを入れて、あのスペースに持って行くんだ。お会計が済んだら、店を出て、値札とか余計な物は取って捨てる」 　なるほど！そういうシステムになっているんだ！とリョウさんの言葉を聞いて一つ勉強になった。遅すぎるかもだけれど。 　リョウさんは内心呆れているかも知れないけれど、親切に教えてくれたし。とっても幸せだった。何だかアイスクリームを広場で食べた「ローマの休日」のアン王女様よりも幸せな気分になってしまった、ホンの一瞬だったけれども。 　あ、そうだ、栞お姉さまに言われたようにＴシャツとジーンズも買わないといけないんだったっけ？ 　その買い物こそが僕に出来る「普通」の生活の第一歩のような気がした。 「こういうふうにして服って手に入れるんだね……」 　何だか身体の中にリョウさんの熱くて硬いモノがまだ入っている熱が更に高まったような気がするし、それに何より不思議な高揚感を抱いてリョウさんに告げた。 　こういうふうに服が売られているんだってことが分かっただけでも大進歩のような気がした。 　買い物方法については日本語と英語そしてハングルと中国語で壁に書いてあった。ちなみにハングルは全然読めなかったけど他の言語は習っている。北京語だけでなくて福建省辺りの方言でもある「福建語」も――ちなみに日本語と英語くらいに北京語と福建語は違うとか家庭教師の先生に教わった――ちゃんと知っている。というのも福建省はチャイニーズマフィアの発祥の地と言われていて、日本の裏社会を虎視眈々と狙っているんだとお父様が言っていた。 　そういう人は日本人に分からないようにワザと福建語を使うので、知らないフリをして聞き耳を立てる時に有効だからって理由で勉強した。 　マフィアといえば……楽しかったリョウさんとの「ローマの休日」は買い物をしたら終わりを告げる。その次に待っているのはあの店で行われるショーだった。 　リョウさんとの行為自体は嫌じゃない、というかむしろ好きだったけれど何だか蛇のような冷たい瞳で全身を舐め回すように見られたり「インラン」とかのヤジを飛ばされたりするのが怖かった。 　掌がじっとりと汗で濡れていくのが分かった。 　もう「現実」に戻らないといけないのは分かっているけれど、シンデレラのように粗末な台所よりも意地悪な継母よりも怖い人達がいる場所だ。だからやっぱり尻込みをしてしまっている。 　しっかりしろ！僕！と心の中で思っていてもやっぱり怖い。 「そんな大金はむやみに見せたら危ないぞ……」 　リョウさんの声が何だか遠くに聞こえるような気がした。 　僕の知らない異国の言語のような感じで。