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亜利馬、大ピンチ!◆5

「ゆ、夕兎……さん?」  倉庫のドアの向こう側、ノックの音と共に聞こえてきたのは紛れもなく夕兎の声だった。  舌打ちをして、秋常が俺から離れる。同時に怜王も俺のそれを口から抜き、袖で唾液を拭いながら立ち上がった。 「亜利馬くん。黙っててくださいね」 「………」  俺はへなへなとその場に頽れ、はだけたシャツを元に戻した。 「夕兎。撮影終わるの早かったですね」  鍵を開け、秋常が倉庫から廊下へ顔だけ出して対応している。 「ああ、今日はもう終わりだ。お前達はまだ帰らないのか?」 「もちろん帰りますよ。支度したらすぐ行きますから、エントランスで待っててください」 「そうか。……ところで、ブレイズの亜利馬がうろついてると言っていたが」  急に俺の名前が出てきて、心臓がビクついた。 「彼に何もしてないだろうな?」 「してませんよ、何も。ただ見かけたから報告しただけです」  何という役者。そして何という嘘つき……。 「………」  こういう時、普通ならただ黙ってやり過ごすのが正解なのかもしれない。こんなことが会社側に知られたら、ブレイズもフリーズも何等かのペナルティを喰らうか――もしくは解散だ。  グループ存続のために俺一人が耐えればいい。そう思うのが普通なのかもしれない。  だけど。だけど――だけど! 「……いや、それならいいんだ。じゃあ俺は先に――」 「ちょっと待ったぁッ!」  平然と嘘をつく秋常を目にした瞬間……怒りのボルテージがMAXに達した俺は、半裸のまま立ち上がり、秋常の体を押しのけて倉庫のドアを開け放った。 「ブ、ブレイズの亜利馬っ……? 何故ここに、その恰好は……!」 「秋常さんっ! あんた、フリーズのメンバーなんだろ! 夕兎さんはリーダーで、仲間なんだろ!」 「はぁ……?」  俺はぽかんと口を開けてこちらを見ている秋常の胸に、人差し指を突き付けて叫んだ。 「仲間に平気で嘘つくような奴が、良い作品なんて撮れるわけないだろうがッ!」 「………」 「………」  秋常も怜王も何も言わず、見開いた目で俺を見ている。  荒い呼吸を繰り返す俺の肩に触れたのは、夕兎だった。 「……よ、よく分からないが……。見る限りだと、こいつらがお前に酷いことをしたんじゃないのか。……すまない、ブレイズの亜利馬。許してくれとは言わないが、……」 「もうこの際、それはどうでもいいんです!」 「え、……え?」 「俺が許せないのは、秋常さんが夕兎さんに――」  ふわりと、俺の両手が温かくなった。 「……え」 「亜利馬くん……」  俺の両手を握った秋常が俯き、目の前で肩を震わせている。表情は見えないが、何だか泣いているような気もした――どうせまた嘘の演技だ。  思った、その時。 「亜利馬くん……! 最高です、やっぱり君は……俺の天使でした……!」 「……へ?」  顔を上げた秋常の鼻からは、たらりと鼻血が垂れていた。 「え……?」 「あああ、もう二度と放したくない。亜利馬くん、俺と結婚してくださいっ、亜利馬くん……!」 「……こ、この人、何言ってるんですか?」  夕兎に訊いたが、彼もまた焦った様子で首を傾げるだけだ。するとこれまで黙ってやり取りを眺めていた怜王が秋常の首根っこを掴み、強引に俺から引き剥がしてくれた。 「すまない。こいつは……好意を持つ相手ほど虐めたくなるたちで、……」 「え?」 怜王の言葉に、俺の頭が空転する。 「こいつはお前のデビュー作を見た時からずっと、お前に惚れてる」 「は、放せ怜王っ、俺は亜利馬くんと家庭を築くんだっ!」 「……すまなかった。こいつの気持ちを知っていて、俺も加担してしまった」  怜王がぺこりと頭を下げ、そのまま秋常を引きずって行く。 「て、てめぇ怜王っ! お前だけ亜利馬くんの×××咥えといて、……!」 「おっ、大声でそんなこと言わないでくださいっ!」 「覚えてろ怜王! お前あとで必ず……」  廊下の角を折れ、やがて秋常の声が遠くなってゆく。その場に残された俺と夕兎は視線を合わせて、……同時に肩を落とし、溜息をついた。

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