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亜利馬、恋愛について少し考える

「暑っつい……!」  何だってこんなに毎日暑いんだろう。八月、真夏。だからって何も四十度近くも気温が上がらなくたっていいのに。 「なんて、愚痴っても涼しくはならないんですよね……」  俺は額から流れる汗をタオルで何度も拭いながら、大事な台本をうちわ代わりにして自身に風を送った。 「インヘルで働くゲイカップル」。今日はそんなテーマに動画を撮ることになっていて、俺はただのゲストだ。ブレイズ専門チャンネル「@ブレイズ」とは別の動画だから、給料も断然安い。  お金に関係なく動画を撮るのは好きなのだけど、まさか今日に限って撮影場所が外だなんて。体を動かすわけではなく、ただトークをするだけなのに。 「ごめんね亜利馬くん、せっかく出てくれるのに暑い思いさせて」 「何言ってるんですか雄二さん! むしろ雄二さんが初出演なのに、こんなに暑くて申し訳ないです……」 「撮影部屋は第一も第二も、他のモデルさんが使ってるからね」  ブッキングしたからといって、いつも世話になっているヘアメイクの雄二さんをこんなに汗だくにしてしまうとは。爽やかなお兄さんのイメージが台無しだ。  インヘルで働くゲイカップル――今日はこの、俺の大好きな優しい雄二さんと、 「はろー、亜利馬きゅん。お元気してた?」 「庵治(おうじ)さん……」  雄二さんのパートナー、インヘル動画班の癖の強いチシャ猫系男子、庵治武彦さん。この二人が主役だ。  今日の庵治さんは少し長い赤い髪を高いところで雑なお団子にして、赤フチの伊達メガネをかけていた。スタイルが良くて背の高い庵治さんは声に特徴があり、インヘルのマスコットキャラクター「インヘルちゃん」のボイスも担当している。 「今日は、インヘルちゃんの『中の人』初公開ですね。……って言っても、ぬいぐるみも庵治さんも同じ性格だから違和感ないか」 「あは。そんなことより僕は、ゆうちゃんと一緒にネットで交際宣言できる方が嬉しいんだよね」  ゆうちゃんとは雄二さんのことだ。ちなみに雄二さんは、庵治さんのことをおーちゃんと呼んでいる。お互い大人のカップルで付き合いも長いけど、未だ二人はラブラブなのだ。 「おーちゃん、あんまり亜利馬くんに無茶振りしたらダメだよ。全く、意地が悪いんだからさ」 「意地悪しないよ。僕なりの愛情表現」  俺は以前、庵治さんとの生放送動画で赤っ恥をかいたことがある。視聴者と動画班には受けが良かったけど、あの生きた心地のしない時間は忘れることができない。  今日はまだ生放送じゃないから、大丈夫だと思うけど……  場所はビル近くにある小さな公園のベンチで、時間も早いから子供達も誰もいない。一応は庵治さんも動画班のメンバーだから、暑い中せっせと撮影の準備を手伝っている。 「庵治くん、画面はこんな感じで大丈夫かな?」  スタッフさんがノートパソコンを開いて見せ、庵治さんがそれを覗き込む。 「もうちょっと寄ってもいいんじゃない? ゆうちゃんと僕のハンサム顔がはっきり映るようにさ」 「じゃ、これくらいは? 一画面に三人だからこの辺が限界かも」 「うんうん、いい感じ。背景が緑だから爽やかだね」  ……こうやって見ていると、動画班の人達ってお洒落な人が多い。みんなスタイルも服のセンスも良いし、彼らの方がモデルみたいだ。俺ももう少しましな格好でくれば良かった。今朝は寝坊しかけて焦っていたから、ブルドッグ柄のTシャツなんて着てきてしまった。……気に入ってはいるけど。 「亜利馬くん、ちょっと寝癖ついてるかな」 「えっ?」  雄二さんが自分の荷物から櫛とスプレーを取り出して、俺の髪を簡単にセットしてくれた。今日は「仕事」じゃないのに、いつでも俺の見た目を気にかけてくれている雄二さん。こんなに優しいお兄さんが、…… 「ちょっと亜利馬くん! 僕のゆうちゃんとイチャつかないでくれる?」 「い、イチャついてませんっ!」  どうしてこんな子供っぽい人と付き合ってるんだろう。 「あはは、ごめんね亜利馬くん。はい、寝癖直ったよ」 「ありがとうございます! 雄二さんて、美容院にもいたんですよね? 今度、お金払うので俺の髪切ってもらえますか? ちょっと伸びてきたみたいだし」 「お金いらないよ。でも……そうだね、俺も亜利馬くんの髪いじってみたいな」  ふんふんと顎に手をあてながら俺の顔――ではなく頭を眺めている雄二さん。プロの人にまじまじ見つめられると恥ずかしくなる。俺でさえ知らなかった寝癖に気付いた雄二さんなのだ。本当にヘアメイクの仕事が好きなんだろうなと思う。  雄二さんの隣に腰を下ろした庵治さんが、ニヤニヤと笑って俺に言った。 「亜利馬くんの髪くらい、僕が切ってあげるよ」 「いいい嫌です絶対! 絶対とんでもないことされる!」 「失礼な」 「それじゃカメラ回しますので、雄二くんは一度、画面外にお願いします」 「はい!」  オープニングは庵治さんと俺で撮って、メインから雄二さんが登場するという流れだ。それから彼を真ん中にして台本通りのトークをする。たまにアドリブも入る。エンディングは三人一緒に撮る。取り敢えず流れとしてはそれで終わり。今回は簡単な動画だ。

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