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第2話ー5

 それから平木は歌えなくなり、2周年を迎える前に、BONDSは無期限活動休止となった。解散でいいと二人は言ったのだが、所属事務所の意向で休止という形に落ち着いた。レコーディングは大方済んでいたため、もともと企画していた2周年記念アルバムは無事に売り出され、BONDSとしては過去最大の売り上げを記録した。  ー……お前さ、続けなよ。音楽  打ち上げの席で、赤い顔をしたテツが言った。大して強くもないくせに、その日はかなり飲んでいて、世話になった人たちに一通り挨拶をしたあとで平木の隣にどっかと腰を下ろした親友は真っ赤な目をしていた。  ーおれらね、トーヤが居たから来たんだぜ  東京、とテツはため息に乗せて囁いた。  ーこっち来る前、マルと二人で話したんだ。可能性とリスク、あるよなって。お前は全然、そういうの考えてなかったから。やるって言ったら回り見えなくなるタイプじゃん。で、とりあえず、おれもマルも、可能性に賭けた。お前の可能性に賭けたの。で、その時に決めたことがあって、  テツはそこで一呼吸入れ、手に持ったジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に煽り、ふっと息をついて続けた。  ー……トーヤはそうやって脇目も振らずおれらの前を走るのが仕事。だから、おれらはトーヤの理性になる。危ないときは止めるし、つんのめってるときは後ろから引っ張る。で、おれらは、お前が一人でどっか行っちゃわないように追っかける  そう決めて、ここまで来た。マルもおれも、とテツは言い、少し遠いテーブルででかい声を上げて笑うマルにちらりと視線を流して笑うと、軽く目を伏せ、俯いた。  ー……けど実際はさ、引き際は見えたのに引けなかった。欲が出たんだ。そんで結局、トーヤに無理がかかってこうなったんだなって  だからね、と、テツはそう言ってついと顔を上げ、平木の目を見て言った。  ーだから、お前が謝ることないんだよ  こちらを見るテツの目に、嘘はない。本気で口にしているのだと、分かった。ただ、それでも。それでもやっぱり、悪いのは俺だと、平木は思う。平木の言い出した無理に、二人は笑ってついて来てくれた。先の見えない霧の中でも、歯を食いしばって共に歩んできた。それなのに、ようやく叶えた夢一つも、抱え続けることが出来なかった。  簡単なことだ。ちっぽけなプライド一つ、捨てて仕舞えば良かった。誰にも負けたくないという思いが、平木の重石だった。でもそれは、平木だけの重石だった。理想の声に出会った。あの声には勝てない。だからなんだ。BONDSの曲は評価されている。だから自分は、BONDSのために、テツとマルのために、歌う。そう思い直すことはできた。出来たはずなのに、しなかった。だからこの帰結はやはり、平木の問題だった。小さなプライドと、エゴの結果。  何も言えずにテツの目を見返して3秒。テツは唐突に口元を緩めて、ふっと笑った。  ー……なんて言っても、どうせトーヤは納得しないだろうから  だから。  ーおれとマルに悪いって思ってんなら続けなよ、音楽  どんな形でもいいとテツは言い、よいしょと掛け声をかけて立ち上がりざま、ぐしゃりと平木の髪を手のひらでかき混ぜた。  ーお前が浜崎茉莉に惹かれるのと同じくらい、お前が浜崎に嫉妬するのと同じくらい、おれもマルも、お前の才能を認めてる  お前は音楽辞めちゃダメ。絶対。  髪を乱す手の力が弱まり、降りかかる前髪越しにテツを見上げると、ここ数年見たことのないような満面の笑顔が向けられており、高校最後の学園祭、後夜祭のラストに上った体育館のステージでメジャーデビューを誓ったあの日のテツがそこに重なり、平木があ、と思ったときにはもう、突然声を張り上げた戦友はありがとうと叫んでいた。その声の勢いに押されて、騒がしかった宴の席が一瞬シンと静まり、その静寂を破ったのはもう一人の戦友のありがとうの叫びで、こっからは平木桃矢ソロの活動になりまーすとそのまま宣伝を始たマルは、あちこちで油を売って宴会場を一回りし、周囲の賑々しさが戻った頃、平木の隣に座ってにっと笑った。  ーオレ、結婚すんの  唐突な告白に、思わず、え、と声が出た。  ーもう付き合って5年だし、いっかって思って。しかもオレね、バンドやめること決まった次の日にプロポーズしたんだよねー。音楽活動続けながらじゃ、家優先できないなって思って結婚待ってもらってたんだけど、辞めるってなったら決心ついたっていうか……で、ね。オレもね、そんな感じで好きにやってんの。バンドでメジャーデビューは一つの夢だったけどさ、結婚して子供二人つくっていいお父さんになるのもオレの夢。他にも夢はいっぱいあるけど、ひとつ目の夢はお前が叶えてくれたし、今度は次の夢を追っかける時間ができた  だからトーヤも、トーヤの夢を追いかけたらいいんだよ。そう言うマルの横顔は驚くほど大人びて見え、音楽室でセッションするのがバカみたいに楽しかったあの頃とはどうしても重ならないその姿に、平木は時の流れを見、遠くまで来たなとふと思った。  ー……今はしんどいかもしんないけどさ……トーヤはまた音楽を好きになるよ。これは絶対。トーヤよりトーヤのことを見てきたオレとテツがそう思うんだから、絶対そう。そんときにさ、やれる場所がないっていうのは寂しいじゃん。だから、何でもいいから、ここでできた繋がり切らずにいろよ  お前の夢はまだ、ここにあるんだろ。   さらさらと砂の舞う砂漠の中、平木の夢は未だ見つからず、あれからずっと、癒えない渇きの中にいる。

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