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第3話-2

 ー欲しいんならやるよ、曲  出会ったあの日からずっと追いかけ続けた人がそこにいるのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになるんだろう。  事務所のロビーで顔を合わせた直後、平木は投げやりな調子でそう言い、十数曲分の譜面を無造作にテーブルに投げ出した。  ー……これ全部、ですか?  ーそう。それ全部  持ってってと言ったきり平木は黙り、浜崎はその場に立ち尽くした。  デビュー後、その実力でヴィクトリーロードを駆け上がったBONDSはなぜか、たった2年で表舞台から姿を消した。これからについて考える時間を持ちたい、という曖昧な理由で無期限活動休止を宣言した後、アルバム発表の場にギターのテツとドラムのマルが顔を出したのを最後に、BONDSの表舞台への露出は一切なくなった。所詮口約束一つ。浜崎が平木を見失えば途切れてしまう約束と分かっていて、だから、活動休止から半年後、ドラマのクレジットに平木の名前を見つけた時、浜崎は嬉しかったのだ。BONDSのトーヤではない、劇中BGMの作成メンバーの中にひっそりと紛れ込んだ平木桃矢の名前一つが縁だった。同姓同名の別人かもしれないという考えが全く浮かばなかったのは、歌詞のない歌の中にも、散々聞き続けた平木の曲の感じを見つけたからで、この音を追いかけていればいつか必ずまた彼に会えると信じて浜崎は歌い続け、そうして大学進学と同時にBONDSの所属事務所に連絡をし、不審がられながらもなんとか約束を取り付けて、こうして再会が叶ったのだ。  それなのに。約束の曲は、確かにあった。それも、こんなに沢山。事務所で会うという返事を貰うまでに1週間、それから今日までの3日間。いくら平木といえど、10日でこれだけの曲が書けるとは思わない。ならばこの曲はいつ書いたものなのか。疑問はある。あるにはあるが、それも。平木のひどく冷めた態度の衝撃に比べれば些事でしかなく、あの日、この男の内に見た情熱は今はもう死んでおり、ガラス玉のような無機質な瞳は透明なばかりで何の情動も映しておらず、浜崎は悲しいような、怒り出したいような気持を抱えてそこに立っていた。  -……歌ってみせてもらえないですか?  -俺はもう歌わない。  一縷の望みをかけて口にした願いもにべもなく撥ね付けられ、どうしたらいいか分からなくなる。何かが、変わってしまっていた。何が、とは言えない。分からないけれど、何かが決定的に違ってしまっていた。自分は何も変わっていない。変われない、と浜崎は思う。あの日、平木に初めて出会ったあの日から、浜崎は平木にかけられた言葉に導かれて進み続け、平木の本気に向き合えるだけの自分になれたと信じて、こうして会いに来た。自分が、この男に向ける熱意も、情熱も、本物だ。だから、変わってしまったのは多分、平木の方だった。

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