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第4話-2
「……別に黒澤さん通さなくても……マツリと仲いいんだろ?」
ジーンズ、Tシャツ、パーカー。ラフな姿も様になるのは、スタイルがいいからだ。適度に筋肉の付いた身体はシャープで、美しい。決して大柄な方ではないが、存在感がある。自分自身の肉体すら表現の器だと言わんばかりに、右腕はびっしりとトライバルタトゥーで埋め尽くされた彼の美徳は、周囲に媚びない世界観があることだと平木は思っているのだが、ステージから降り、タトゥーも服に隠れて見えない今も、その全身から、眼光から、その独特の世界観を立ち上らせる彼はきっと、ひと時も、EndLandの体現者たることを忘れることはないのだろう。そういう姿勢は嫌いじゃないんだよなと、今時の若者然とした出で立ちで現れた藤巻圭の全身をざっと視界に納めて、平木は思う。
「仕事の話するのにあいつ経由はおかしいすよね?」
あと、別に仲良くないですよ。
オレはあいつ嫌いなんでと笑った藤巻は、座ってくださいと平木を促し、自分も平木の斜め向かいの椅子に腰かけた。良く飲みに連れて行っているくせに嫌いはないだろうと思ったが口にはせず、それで?と続きを促す。
「……トーヤさんって……Hi-vox.にしか曲書かないんすか?」
「歌唱曲ってことなら、今はそうだけど?」
質問の意味が分からず、軽く眉を寄せた平木が答えると、藤巻はふうんと小さく応じた。
「……それって、マツリにしか書かないってことすか」
ぞわりと、肌の表面が粟立つ。一瞬で、口内が乾く。かっと、頭に血が上った。何かを考えるよりも先に、体が反応した。
「……だったら、何?」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。大して関わりがあるわけでもない相手に図星を指されて、イラついている。自覚はあった。藤巻に非はない。それでも、構えていないタイミングで他人に言及されて冷静でいられるほど、この状況に納得しているわけでもない。
「操立ててんなら無理には頼めないじゃないすか」
明らかにトーンの下がった声に気がつかないはずもないのだが、大物なのか無頓着なのか、それにはさしたる反応を見せず、藤巻は軽く肩を竦め、変わらない調子で言った。
「……今度アルバム作るんですけど。それにトーヤさんの曲、入れさせて貰えないかなって」
今日はそのお願いで来ましたと、藤巻は至極真面目な顔で言い、テーブルの上に置いた両手の指先を軽く組んで、平木の方へ僅かに身を乗り出した。楽曲制作依頼。
「オレ今まで曲って自分で作ったのしか歌ってないんすけど、自分のじゃない曲も歌ってみたくて」
「……EndLandの曲は藤巻圭が作ってなんぼだろ」
「……そうなっちゃってるのが幅狭めてんのかなって思ってんですよね、最近。だから、これから少し色んな方にお願いしていきたいなと思ってて、その第一弾をトーヤさんにお願いできたら嬉しいなって」
思うんですけど、どうですかと首を傾げて問う藤巻を見返し、平木は、喉の奥にへばりついたイラつきの余韻を無理やり飲み下し、落ち着いて考えろと自身を叱咤する。冷静に考えれば、悪い話ではない。EndLandに勢いがあることは事実だし、平木の曲を彼らが歌うことで、Hi-vox.楽曲に興味を持つ者も増えるだろう。宣伝費の捻出が困難な現状で、Hi-vox.の作詞・作曲すべてを担う平木の名が売れることによる宣伝効果は無視できない。……それを言うなら、Hi-vox.楽曲で現在使っているHirakiの名義をBONDS時代のトーヤに戻し、平木自身が名乗り出てゆけば今も、BONDSのトーヤは十分に看板になり得るの、だが。それをするつもりは毛頭ない。Hirakiがトーヤであることは、関係者には周知の事実で、平木自身隠しているつもりはないから、知られたなら知られたで構わない。ただ、自分から表に出ることはしない。それはなぜかと問われても、自分では明確な答えを持ち得ないが、自分が表に出ることには抵抗があり、浜崎を始め、ドラムの花田、ギターの古澤、ベースの井岡らメンバーの4人には、金も度胸もない雇い主と思われても仕方がないとは思っているが、これだけは曲げられなかった。ならばせめて、この仕事を受けることは、彼らのマネジメントをする者としてすべきことなのかもしれない。そうでなくとも。そうでなくとも、と平木は胸の内に思う。EndLandの曲を作る、と考える内に何か、胸の奥でちりんちりんと、小さな鈴が弾むような音がし始めていた。心地よい音。イラつきはその音に溶かされて何処かへ消えてゆき、平木はじっと、鈴の音を聴いていた。この気持ちはなんだろう。俺はこれを知っている。遠足の日の朝のような、始めてバンドを組んだ日のような、あの感覚。……わくわくする。そう、わくわくしている。胸が躍る、感じがする。久々の感覚だった。うずうずするこの感じ。作らなければいけないという義務感ではない。作りたい。やってみたい。俺の曲を歌う藤巻を、見てみたい。それはちょっと驚くような衝動で、平木は持て余し気味の気持ちを深呼吸一つでゆっくりと鎮め、一呼吸置いて口を開いた。
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