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第4話-5

 「……お前、練習だったんじゃないの」  スタッフに案内されてきた平木は、怪訝な表情で開口一番そう言った。座席は満員で、最後まで居られないからと関係者席を断ったという平木のために用意されたのは、2階席中央の機材脇のパイプ椅子で、遠くはあるがステージが見やすいその場所には2脚の椅子が並んでおり、浜崎はその一方に腰かけて平木を待っていた。  「ちょっと、抜けてきた」  また戻るよと浜崎が応じると、少し間を開けて、ああそう、と呟いた平木は、浜崎のすぐ隣の椅子に腰かけた。それきり口を開かない男の横顔をちらりと盗み見、そもそも、と浜崎は思う。そもそも、ひと声かけてくれても良かったんじゃないだろうか。平木がEndLandのライブに行くということを、浜崎は藤巻から聞いて知った。平木が藤巻を評価していることは知っていて、だから、浜崎も藤巻のライブDVDは良く見ていたし、ライブにも何度か行ったことがあった。平木もそれは知っていたはずで、どうせ行くのなら声をかけてくれればよかったのに、平木は浜崎には一言もその話をしなかった。  井岡には、拗ねてんのと笑われた。井岡とは高校の頃からの付き合いで、お互いになんとなく分かってしまうから、隠し事が出来ない。今日も、いつも通り最後にスタジオに入ってきた井岡は、浜崎と目が合うと唇をちょっとめくりあげて笑い、今日御機嫌斜めじゃんとすれ違いざま耳元で呟き、振り向いた浜崎に向かって肩を竦めた。  一緒に住んでいるとはいえ子供ではないし、お互いの予定を全て知り尽くしているということはもちろんないから、知らされないことがあったからと言って平木を責めるのは筋違いだ。それは分かっている。それでも今回、このライブの予定を平木が話さなかったことが引っ掛かったのは、少なくとも浜崎が知る限り、平木がHi-vox.以外のライブを見に行くということがこれまでに一度もなかったからで、別にだからなんだということもないのだが、何となく、気持ちが騒ついたからだった。これまでは単に機会がなかっただけで、見に来てほしいと言われればいつでも、平木は訪ねて行ったのかもしれない。この2年より前の平木を浜崎は知らないから、 Hi-vox.を作る以前の平木にとって、他のアーティストのステージを見に行くことは普通のことだったのかもしれない。そうであったとしても。少なくとも浜崎の見てきた平木にとって、この行動は“普通”ではない。自分の知らない平木が、ここに、いる。  そう考えてふと、浜崎は確かにと思った。確かに、井岡の言う通り。  拗ねてんのか、俺は。  結局のところ、自分の知らない平木がいることを知って、子供っぽく拗ねているのだ。毎日の予定とか、何を思って生きているのかとか。そういうことを知りたいとは微塵も思わない。全部を知っていたいわけではない。ただ、音楽に関して、その部分に関してだけは、平木が感じること考えることは全て、知りたい。知っていたい。そう思っている。  平木の特別は自分なのだという、自負があった。平木の前で平木の曲を歌ったあの日から、ずっと。他のどんな音楽にも、平木はあんな風に煽られたりしない。浜崎の前でだけ、浜崎の歌を聴くときだけ、平木は、抑えきれない激情の一端を、その目の奥にちらりと覗かせるのだ。平木自身にも、おそらく自覚はない。自覚はないまま溢れ出す熱は、だからこそ、より強く真実であると思う。  「……初っ端で3曲」  隣でタイムスケジュールに目を通していた平木が呟く。今回のライブはワンマンではない。4時間ぶっ通しのアニソンフェスの1日目。1番手がEndLandで、持ち時間は20分。楽曲数は3曲。このフェスは、1日目と2日目でアーティストの入れ替わりがあるが、EndLandは二日とも呼ばれており、両日ともトップバッターだ。難しい役所だと浜崎は思う。今ここにいる観客の多くはそれぞれに目当てのアーティストがいるはずで、誰もがEndLandを聴きに来たわけでも、知っているわけでもない。その状況で、一発目に歌う。彼らが作り出す雰囲気が、このコンサート全体の盛り上がりを左右する。最初に歌うというのは、そういうことだ。逆に言えば、EndLandならその役割を果たせるという、信頼の証しでもある。

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