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第6話
自分の気持ちを理解してから冷静になるのは早かった。寝て起きたら納得もしていた。しかし、夏希と顔を合わせるのが気まずい。夏希が気づくかどうかは別として、おそらく表情に何かしら感情の変化が現れるだろうし、ただ単純にやはり恥ずかしい。照れくさい。もうまともに顔を見られそうにない。
そんなことを考えてはいたが、腹が減ったので食堂に向かった。なんとか目を合わさずに済ませれば大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
夏希の部屋を通り過ぎ研究室の前にさしかかると、ぼそぼそと声が聞こえてきて暎は中をそっと覗いた。夏希が唯に向って何か話しかけている。
どきりと心臓が驚きじわじわと顔が熱くなってくる。しかし何を話しているのか気になって暎は静かに部屋の中に入った。ドアの開閉音はしたはずだが、夏希は気が付いていないようだ。ただ唯を見上げて見つめたままガラスに手をついている。
「唯……俺はどうかしてたよ。この世に同じ人間なんているはずが無いのに。創れるだなんて思ってしまった……。唯は唯だけだ。暎が暎だけであるように。代わりなんていない。当然だ」
静かに語りかけられていたその言葉に、暎は凍り付いた。頭を鈍器で殴られてボディーブローをくらったような衝撃を受ける。
唯の代わりに作られたのなら、夏希に唯のように愛してもらえると暎は思っていた。
―――代わりじゃないなら、俺は……。
「俺、唯の代わりやるよ?」
声を震わせながら、暎は夏希の背後に言葉を投げた。びくりとこちらを振り向いて夏希は驚いた顔をする。青ざめている暎を見て困ったように表情を曇らせた。
「暎、違うんだ。誰かの代わりなんて、そんなもの……」
「俺唯の代わりなんだろ? 話し方が違うなら変えるから。態度が、仕草が違うなら同じようにふるまうから! だから、唯の代わりの俺を、愛して……」
力なくうなだれていく暎に近づいて夏希は肩に手を乗せた。
「そんなことをする必要はない。お前はそのままでいい。俺は他の誰でもない、暎を愛しているよ」
顔をのぞきこまれて暎は視線をそらせた。ぎゅっと唇を噛む。
「そうじゃない……」
「混乱させて悪かった。唯のクローンだとか、そんなことは関係ないんだ。気にするなと言っても無理かもしれないが、」
暎は夏希の言葉を遮って彼の胸倉をつかんだ。
「そうじゃなくて! 俺を抱けって言ってんだよ!」
引き寄せた夏希の顔がすぐそばにある。息をのむ音も、かすかに漏れる呼吸も頬に感じる。だからこそわかる。驚いてもいたが、夏希ははっきりと困惑していた。
夏希はぎゅっと眉間にしわを寄せ、泣きたくなるほどに眉を下げて、何かに耐えるように息を漏らす。
「……暎……俺は……そんな風に、お前を見れない」
堪えきれないように、夏希は固く目を閉じた。暎は胸倉をつかんだ手を震わせながら、それでもさらに引っ張ってより顔を近づける。
「なんでだよ! 俺は唯と同じなんだろ? 唯と違って俺は生きてる! 唯と同じ顔で、唯と同じ身体で、動けるし話せるし触れるし、お前が好きだ! 俺の方がお前に近い!」
「暎……同じ人間なんていないんだ。お前のその気持ちはきっと思春期特有の……」
「うるさい! 俺の気持ちを勝手に決めるな!」
さらにひどいことを言われそうで、暎は夏希を遮って彼の身体を突き飛ばした。数歩よろめいた夏希は戸惑ったように暎を見る。暎は体当たりするように彼の身体を押し倒し、大声で喚いた。
「もういい! 俺が無理矢理やってやるからお前はただそこで見てろ!」
暎は強引に夏希のズボンを下ろすと下着の中に手を突っ込んだ。驚いて体を竦ませる夏希にかまわず揉んだりこすったり、何とか勃たせようと力をこめる。痛がって夏希は身をよじり、それを押さえつけて上下に手を動かした。
「なんで、なんでだよ!」
どれだけ刺激を与えても、夏希のものは勃起しなかった。力が強すぎるのかと弱めてみても、何か間違っているのかと自分の行為を思い出してみても、夏希は反応するどころかますます申し訳なさそうな顔をする。なかなかあきらめない暎を見かねたのか、夏希は体を起こすと暎の手を掴んだ。
「もういいだろう。気が済んだか?」
その言葉に暎はぐっと唇を噛んだ。
全く相手にされていない。
自分は唯と同じはずなのに、唯と同じようには愛してもらえない。
溜まりに溜まって淀んでいた欲情と夏希への想いに気づいてしまったことが絡まり合ってぐちゃぐちゃに縺れた。
暎は身体を起こそうとした夏希をもう一度押し倒すと、強引にズボンを全部抜き取った。
「おい、なにしてるんだ」
「俺がやるんだよ」
「え?」
「お前が勃たないんなら、俺が抱いてやる!」
「ちょっと待て! 無理だ!」
暎は夏希の悲鳴のような声を無視して自分の性器を引きずり出す。強く入り口に押し当てると、夏希は本当に悲鳴を上げた。
腰を進めようとして、大きな抵抗に阻まれる。暎が見た映像ではあんなにすんなりと侵入を許していたのに、夏希のそこは固く口を閉じ、一切暎を受け入れようとはしなかった。
強引に押し進めようとして、「痛い!」と夏希が上げた大きな悲鳴に思わず身体を引く。もう一度と己の性器を掴むが、それを見た夏希は「ひっ」と息をのんで押し当てる前に身体を逃がした。それでも強引に腰を引き寄せる。
「くそっ。入らない。なんだよ、どうなってるんだよ!」
何の知識もない暎にはどうすることもできない。夏希を傷つけたいわけではないのだ。あまりの痛がりように心が萎えていく。
夏希の身体を放してぺたりと座り込んでしまった暎を見て、夏希は起き上がり彼を抱きしめる。
「すまない……」
その言葉が一番傷ついた。
「ちくしょう……」
小さく漏れた嗚咽に気づかれないように悪態をついて、零れ落ちそうになった涙を強引に拭った。
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