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*** (この歳でリストラなんてどうしてくれる!マンションのローンだってまだまだなのに) 栗崎は辿りついた会社の駐車場に急いで営業車を停めると、入り口の扉を押し開け自分のデスクへと大股で歩いて行く。社内はクーラーが効いていて、栗崎はその涼しさにホッと息を吐く。 「あ、栗崎主任お帰りなさい! 主任が昼に戻るって珍しいっすね」 自分のデスクでカップ麺から顔を上げた島田(しまだ)が、のんびりとした声をかけてくる。他の営業員は皆、出払っているようだ。 「ああ、ちょっと忘れ物……、あ、あった」 ファイルに綴じられた見積書は栗崎の机の上に綺麗に置かれたままだった。やはり準備しておいたのに持っていくのを忘れていたようだ。 「それにしても島田、会社で飯食う時間があるなんて余裕だな」 「違うんすよ!堺医院の先生がなかなか会ってくれなくて、ちょっと時間潰しに来たんすよ!」 そう言い訳をしている島田は、栗崎の部下で今年入社三年目。ツンツンとした短髪が目印の元気のいい若者だが、仕事はまだまだ、と言ったところだ。 「主任、カップ麺ならありますよ?」 「いや、ありがとう。俺は弁当あるから大丈夫だ」 栗崎は見積書を手に取ると、医薬品の資料が並べられているキャビネットへと向かう。 (ついでにこの添付文書もコピーして持っていくか) 栗崎はいくつかの冊子を物色し、キャビネットから取り出す。 「もしかして栗崎主任、また自分の手作り弁当っすか?」 島田が呆れた声を出す。 「あーあ、主任みたいなイケメンが弁当作るってだけで、女子社員がギャップ萌えしてるんで止めて欲しいんすけど!」 「はあ? なんだそれは」 栗崎は島田の言葉を受け流しながらコピー機へと近づく。 島田にそういじられた栗崎は、百八十を超える長身、短髪で頬から顎に掛けての輪郭や鼻筋が精悍な顔立ちだが、目元は二重の甘い印象なのが特徴的だ。 そして三十五歳で未だ独身だった。 「主任には早く嫁さんもらってもらわないと!」 「ああ、いいぞ? そうしたらもうおまえの世話はしないからな?」 栗崎はコピーされた用紙が排出されてくるのをじりじりと待ちながら、島田にそう答える。 「えっ、いや、やっぱいいです! 主任ー、見捨てないでくださいよぉ。実はこの前主任に断られた合コン、俺、あれに行ったのが彼女にバレて、そりゃあもう修羅場で……」 「それは災難だったな」 「そんな他人事みたいに!主任、また助けてくださいよー!」 「自業自得だな。もうおまえの尻拭いはごめんだ」 「何の尻拭いだ?」 「うわっ、支店長!」 島田の後ろに、火のついていない煙草を咥えた早田が顔を出す。 「なぜか島田のアリバイを証明するために俺が呼ばれて、島田とその彼女と俺とで延々と居酒屋に三時間……」 栗崎はコピー機に目を向けたまま早田に答える。 「ちょ、主任!支店長にまでバラさないでくださいよー!」 泣きつく島田を余所に、栗崎はコピーし終わった用紙をホッチキスで留めると、キャビネットに資料を片付ける。 「島田ー、おまえ仕事だけじゃなくプライベートでも栗崎に面倒かけてんのか」 「ち、違いますって!た、たまたまなんですっ!」 栗崎は早田と島田が言い合っている横を通り抜けながら、「んじゃ、俺、また行ってきます。島田も早く営業出ろよ!」と声を掛ける。 「は、はーい!」 「頑張れよ!」 意味深な笑顔を見せる早田に見送られ社外に出ると、むっとする熱気と蝉の声に全身が一気に包まれる。 「あと半日、南松岡支店のため頑張るか」 栗崎が呟くと、刺すような夏の始まりの日差しが栗崎の髪を明るく透けさせた。

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