4 / 69

3

*** 「あ、栗崎さん、ちょうどよかった!」 栗崎が白石内科で無事に院長との面会を終え、受付を通り過ぎようとした時だった。声をかけてきたのは院長の息子で皆に「若先生」と呼ばれている白石 宗太(しらいし そうた)だった。 「どうされました、若先生」 「切れそうな薬があって、注文入れといてくれる?」 白石は栗崎より二歳ほど年上のはずだが、気さくで年齢を感じさせない華奢な肢体と清潔感のある雰囲気で、ナースにも人気の先生だ。 「そうですか、ありがとうございます」 栗崎は笑顔で答えるとモバイルを起動させ、白石の注文を入力していく。その様子を見上げるように眺めていた白石が口を開く。 「それはそうと、栗崎さん今夜空いてる?」 「え?はい、何も予定はありませんが」 モバイルから顔を上げ、栗崎が答える。 「金曜だし、よかったら飲み行かない?」 「ええ、お誘いありがとうございます、是非」 白石からは初めてだったが、得意先である病院や薬剤師の先生から飲みに誘われることはよくあるので、栗崎は快く返事をする。 白石は栗崎の返事を聞いてホッとした顔をすると、待ち合わせの時間や場所を言って診察室へと戻って行った。 *** 「栗崎さん!ここ!」 白石のよく通る声に呼ばれ、奥の半個室になった座席へと急ぐ。向かい合って腰を下ろした栗崎は「お待たせして申し訳ありません」と謝りながら、やってきた店員にビールを頼んだ。 「いやいや、俺もさっき来たとこだし」 そう言って白石は笑顔でお通しの冷ややっこに箸をつけた。白石はもちろん白衣は着ておらず、ラフだが品のいい出で立ちで栗崎はいつもより親近感を覚えた。 金曜の夜の居酒屋はにぎやかで、あちこちで乾杯の音頭が上がっている。 「そういえば、俺のとこで使ってる薬もジェネリックが出るらしいね?」 「ええ、そうなんですよ」 やってきたビールを飲みながら、ここが居酒屋だということも忘れ、栗崎は白石と仕事の話に夢中になる。 白石内科は院長、そして目の前の若先生である白石共に患者に慕われていて、小さいが地元では人気のある医院だ。 栗崎は白石に今日ここに誘われたのも仕事のことを話したかったからだと思っていた。しかし、話が一段落し、ビールから焼酎に替えた白石がふいに栗崎の顔を覗きこんだ。 「前々から聞きたかったんだけどさ、栗崎さんって、結婚しないこと、周りには何て言ってるの?」 「え?」  栗崎は白石の質問の意味がわからず、キョトンとした顔で聞き返す。 「いや、だからさ、いい年して結婚しないと周りがうるさいでしょ?俺ももうなんだかんだ言い訳使い過ぎちゃっててネタ切れなんだよね。仕事に集中したいとかさ、いい女がいないとかさ。だから栗崎さんのも参考に聞いてみたくて」 どうやらそれが栗崎を誘った本当の理由らしかったが、栗崎は未だ白石の真意を測りかねていた。 「私がまだ結婚してない理由ってことですか?」 困惑した表情の栗崎の的を射ない返答に、白石は急に青ざめた顔になった。 「え?栗崎さんってゲイじゃないの?」 「ぶっ、わ、私が、ですか?!ち、違いますよ!」 栗崎は飲みかけていたビールを噴き出しそうになり、慌てて口元を拭う。 「あれ?そうなの?うわあ、まずったなー。俺が見誤ることあるなんて」 白石はぶつぶつ言いながら困惑した表情で焼酎を口に運ぶ。 「じゃあ、栗崎さんは俺のことも気づいてなかったわけか」 「え?」  栗崎は驚いた顔で目の前の白石を見つめた。すると、白石は急に焦り出し、慌てた様子で話し出した。 「あ、今日は俺、栗崎さんを狙って誘ったんじゃないから!ただ同じ匂いがすると思ったから話しを聞いてみたくてさ。それに俺の趣味はガチムチで、栗崎さんみたいなスラッとしたイケメンじゃないしね!」 「ガチ……?」 栗崎は初めて聞く単語に戸惑いながらも、正直に自らのことを話してくれる白石に改めて尊敬の念と好感を抱く。 「そんな大事な話を私にしてくださって、ありがとうございます」 栗崎は落ち込んだ様子の白石を安心させるように微笑んだ。その言葉に白石が目を見開いて顔を上げる。 「栗崎さんは偏見とかないの?その、気持ち悪い、とか……」 「あはは、ないですよ。これでも医療に携わってるはしくれですし。それにこれまでに若先生の患者さんに対する姿勢や熱意を十分見て来て、尊敬してますから。若先生の性的指向でそれが揺らぐことなんてありません」 栗崎が笑顔で告げると、白石はぼーっとした顔つきで目の前の栗崎を見つめた。 「栗崎さん、あなたやっぱりいい人だ!これでガチムチだったら、俺惚れてたよ」 「だ、だから、ガチムチって……」 「はあー、俺だって自分がそうだと気付いた時は随分悩んださ」 白石は栗崎の問いを流して、焼酎を呷りながら溜息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!