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繁華街の黄色や青やピンク、緑などの様々に煌めく妖しいネオンを背に、冷たいくらいに美しい貌の男が、栗崎の目の前に立っていた。 男の貌に表情はなく、漆黒の瞳はただ眼前の栗崎を胡乱な様子で見つめている。 その目線は背の高い栗崎より五センチ程低いだけで、億劫そうにアシンメトリーな長めの前髪を左手でかきあげた。 (あ、あの男だ……!) 目の前の男は、栗崎が探していたステージの男、その人だった。 しかし栗崎は、確信したものの突然のことで言葉を失ってしまう。 しかも自分の胸が激しく鼓動を打っていることに気付き、余計に落ち着きをなくす。 (俺は結局、この男に会って、どうしたかったんだ……?) そんな根本的なことを自分自身に問い直しながら「き、君は先週、あの……地下で……」と、ようやく、そんな言葉を紡ぎ出した。 すると、男はその言葉に一瞬栗崎の顔を見やると、いきなり手を伸ばしてきた。 「えっ」 栗崎が逃れる間もなく、男は腕を掴んで先を歩き出す。男の濡れたような蒼い髪が栗崎の眼前で夜の風になびく。 「お、おい、待て! 」 男は栗崎の焦った声を無視したまま、どんどんと夜の街を歩き抜け、路地に入り込む。 「どこへ連れてく気だ!」 何も応えない男の腕に引かれて、栗崎の背後には夜の喧騒と猥雑な色たちが溶けて流れ過ぎていく。 そして辿りついたのは、うらぶれた感じのするビジネスホテルの入り口だった。強引に腕を掴まれたままその自動ドアをくぐると、まっすぐにフロントへと連れて行かれる。 「どこでもいいから空いてる部屋」 男のしっとりとしつつも低く暗い、金属が反響したような声が静かなロビーに響いた。 「へ、部屋!?」 栗崎が驚いた声を発する。しかしフロントのスタッフは、男二人だというのに何の躊躇もなくすぐにキーを持ってくる。 男はそれを受け取ると、何の迷いもなくそのキーが示す一室へと進んでいった。 「おい、待てっ」 男は部屋に辿りつくと、先に栗崎を中へ押し込み、後ろ手で扉を閉める。そしてやっと手を離した。 「おい、一体なんなんだ!」 室内で二人きりになると栗崎は声を荒げた。薄暗い部屋の中には煙草の残り香が漂っている。        そこは全体的に古く年季が入ってはいるが、いたって普通のビジネスホテルの一室だった。扉から入ってすぐ右側に小さなユニットバスがあり、奥にはベージュの総柄のベッドカバーが掛けられたツインベッドが、部屋のほとんどの空間を埋めながら並んでいる。 男は栗崎の動揺と怒りには全く動じず、電気も点けずに室内に進み入ると、栗崎を振り返った。 「あんた、先週、オレのこと見てた人だよな」 男がやっと口を開く。 黒のミリタリーシャツに足元はジーンズ、スニーカーというカジュアルな出で立ちのその姿は、特段目立つものではないはずだ。しかし、均整のとれた肉体が内に隠されているせいか、全身からは妖しい程の魅惑的な香気が匂い立ち、栗崎は目の前の男からなぜか目を背けたくなる。 「あ、ああ」 戸惑いながらも栗崎が答える。すると、男が自分のシャツのボタンに手を掛けた。 「オレとヤりたいんだろ?」 男はさっさとボタンを外していきながら、栗崎の顔も見ずに平然と言い放った。 「だからまたあそこに来たんだろ?」 「!」 その言葉に栗崎は面食らったように息を飲む。その間にもボタンを外す男の手は止まらない。 「おい、待て!なぜそうなるんだ!君を探していたのは事実だが、そんなんじゃない!」 栗崎の言葉に男が手を止め少し顔を上げる。 「君に、もう一度会ってみたいと思ってた……」 栗崎は言葉を探しながらそう言った。 「どうして……どうして君は、あんなことをやってるんだ?」 栗崎は自分の思いを口にして目の前の瞳を見つめた。しかしそこには怪訝そうにこちらを見やる黒い眼があるだけで、あの時の色を見つけ出すことはできない。 「もしかして、その、借金があるとか……」 栗崎が自分の想像を伝えると、目の前の男が思い切り噴き出した。 「あははははは!借金?」 「な、なんだ?」 「ないよ?そんなもの。ってか何?説教するために俺を捜してたの?」 「い、いや……」 (なぜ会いたかったのか、それが分かれば苦労しないよ……) 栗崎は小さく溜息を吐く。そして、もう一度男に向き直った。 「じゃあ、あんなこと、楽しんでやってるっていうのか?だったらなぜ、君の瞳は叫び出しそうに……」 「あんたはっ」 突然、栗崎の言葉を遮る様に男が憤然とした声を張り上げた。 「人のこと、とやかく言えるほど立派な人間なわけ?それほど真っ当に自分の人生歩けてるわけ?」 「……!」 栗崎は男の言葉に何も言い返せない。 白石に指摘され、自分が何者かも分からなくなりつつあるし、仕事も無くしそうで人生設計も狂いそうだ。しかもその人生設計すら、ただ一人平穏に生きていければいいというくらいのもので、そんな自分が他人の生き方について何か言える立場ではない。 「結局、なんだかんだ言って、あんただってヤりたいだけだろ?」

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