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「あ、お、俺、シャワー浴びてくるよ……」 栗崎は居たたまれなくなり、男の元から歩き出す。その背に男が声を掛けてきた。 「ねえ、あんた名前は?」 「く、栗崎」 「違う、名前の方」 「諒一」 「ふーん、リョウイチ……。俺はトオル」 栗崎の名前を口中で反芻する、トオルと名乗った男を置いて、浴室へと急いだ。 コックをひねり、まだ温まっていないシャワーを頭から浴びる。その冷たさが火照った体を鎮めるようで気持ちが良かった。 額に滲んだ汗を洗い流すと、脚にかかった男の白濁を指先で拭い取る。 (俺はあの男に、キスしようとした……?) 栗崎は自分の唇に押し当てられたトオルの指の感触を思い出す。 (愛する人が、いるのか……?) そう考えた途端、胸がギリッと苦く痛んだ。 (何だ、この痛みは) 栗崎は自身を困惑させるそれらの感情全てを洗い流すかのように、全身に水を浴びる。そして何度か大きく深呼吸をして心を落ち着け、浴室を出た。 まっ白なバスタオルで全身を軽く拭き、髪の毛から垂れる滴を受け止めながら部屋へと戻る。 「君も、いいぞ……」 室内に声を掛けたが、そこにはもうトオルの姿はなかった。 「な……!」 慌てて扉を出て左右の廊下も見渡してみるが、痕跡すら見当たらない。 「くそ……っ」 栗崎は独りごちながら部屋に戻り、乱暴にベッドの端に腰かけた。 「勝手に連れ込んどいて勝手にいなくなるくらいなら、どうして名前なんか聞いたんだ……!」 栗崎は肩にかけていたバスタオルを壁に向かって投げつける。 そして、困惑しきった顔を両手で覆うと、「トオル……」と、男の名前を初めて声に出して呼んでみた。

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