13 / 69

2‐2

*** 一週間が過ぎようとしていた。 栗崎が営業を終えて支店に戻ると、緊急のミーティングが行われるから、と島田から会議室へと呼ばれた。そこには栗崎以外の営業員がすでに揃っており、栗崎が席に着くと、早田が改まって全員の顔を見渡した。 「皆さんに報告がある」 そう言って手元の資料に目を落とした。 「波田野(はたの)総合病院の薬局長が定年退職することがわかった」 「ええっ」 「やったな」 課員が口々に驚きや喜びを口にする。栗崎も例外ではなく、島田と顔を見合わせた。 「定年になってもどうせ再雇用されるかと思っていたが、どうやら丸菱製薬に天下るらしい。よって、大幅な人事異動が行われるそうだ。この薬局長がいなくなれば、ヒノメディックの独壇場だった波田野と、今後取引が可能になるかも知れない」 そこまで言って早田が軽く息を吐くと、全員の顔を力強く見つめた。 「しかも情報によると、次の薬局長候補はとても公平でリベラルな人物だそうだ。ということは、自分達の営業努力次第でどれだけでも成績が伸びるということだ」 早田の言葉に栗崎達は大きく頷く。 この波田野総合病院とは、いくつものグループ病院や老人ホーム、専門学校をも傘下に置く県下でも有数の大病院だ。しかし、今までは波田野の薬局長とライバル社のヒノメディックとが裏で繋がっており、栗崎達サンアイがその取引に全く手出しできないでいた。 「そこで、波田野の担当は栗崎と島田、二人にやってもらいたい」 早田は栗崎に無言で頷いた。きっと、支店閉鎖の危機を防ぐための売り上げ対策として力を入れろ、ということなのだろう。 「やはりこの大病院を相手にするには最低二人は担当を付ける必要がある。栗崎はただでさえたくさんの担当を抱えていて大変だと思うが、この機会に、エースのおまえが島田を鍛え上げてやって欲しい。そして行く行く波田野は島田一人に任せるつもりだ」 この波田野との取引を通じて島田を成長させたいという早田の熱意も伝わる。 「わかりました。島田のサポート役として俺は世話をさせてもらいます」 栗崎が答えると、その隣で島田も緊張した面持ちで「頑張ります!」と答える。 「とにかく、この波田野との取引がうまくいけばうちの今後の発展に大きく寄与してくれるのは間違いない。担当でない者も、全員でこの千載一遇のチャンスをものにするんだ」 早田の叱咤でミーティングが終わる。 「波田野と取引できたらすごいっすよね、主任! よろしくお願いします!」 島田が自分のデスクに戻りながら栗崎に声を掛ける。 「そうだな。あの病院は規模が違うからな。これから忙しくなるぞ」 栗崎も頷く。その時、栗崎の携帯電話が震えた。 画面を見ると白石だった。 栗崎は島田に目で合図を送ってからその電話に出る。 「はい、栗崎です」 『あ、白石だけど! もう仕事終わった?』 「ええ、大丈夫ですよ? どうかされました?」 『よかったら、また飲まない? 今ヒヤシンスにいるんだけど』 ヒヤシンス、と聞くと栗崎の脳裏にトオルの顔が浮かび、胸に鈍い痛みが走る。 しかしすぐに気を取り直すと「ええ、行きます」と返事をした。

ともだちにシェアしよう!