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次の店へと行くという白石と大庭と別れて、栗崎はヒヤシンスを出て帰路に着く。通りにはまだまだ宵の口だと言わんばかりの酔っぱらいの集団が栗崎とは逆方向に騒ぎながら通り過ぎて行く。
栗崎は一人歩きながら、ふと既視感のある光景に立ち止まった。そこはトオルに手を引かれ、連れ込まれたビジネスホテルのある路地だった。
(この奥にあの時の……)
栗崎の足がなぜかそちらに向かいかけ、そして再び立ち止まる。
「俺、何やってんだ……」
栗崎は溜息を吐きながら独りごちて踵を返そうとした時、その目が路地の奥に引きつけられた。
(トオル……!)
栗崎の視線の先にはホテルの入り口に向かうトオルの後姿が見えた。
そしてその隣にはトオルの肩を抱くもう一人の男ーー。
ズキンと一筋の強烈な痛みが栗崎の心臓を突き抜ける。
『兄さんだってもう三十五だろ? 早く可愛い嫁さんでも連れてきなよ』
『男と、だなんて不毛だ。何の生産性もないじゃないか』
『特定の男は作らず、求めてるのは快楽だけって噂』
『もうそんなこと、どうだっていいじゃないか』
栗崎の脳内で様々な言葉が洪水のように巡っていく。しかし、ギリッと歯を食い縛ると、次の瞬間にはもう、栗崎の足は駆け出していた。
「トオルっ!」
その背中に追いついた栗崎の右手が、トオルの肩を掴んで強引に後ろを向かせる。
「……!?」
振り向いたトオルが驚きの表情で栗崎の顔を仰ぎ見た。
「っだよ! てめえ!」
トオルの隣にいた二十代後半くらいの金髪男がすぐに栗崎を睨み上げる。栗崎はその男を一瞥した。
「すまんが、俺はトオルに用がある」
そう言ってトオルに視線を向ける。トオルは栗崎を見つめ、状況が掴めないような困惑した顔をしていた。
「この男が、おまえの愛する男なのか?」
栗崎の言葉に、トオルの眉間に皺が寄る。
「違うのか?」
「おい、何話してんだ! トオルはこれから俺とヤんだよ! 邪魔すんな!」
金髪男は栗崎の胸倉を掴み上げようとするが、栗崎はそれを左腕で軽くいなし、トオルの肩を掴んでいる手の力を強めた。
「トオル」
「ああ、あんた、先週の男か。何? まだ何か用なわけ?」
トオルがやっと思い出したかのようにそう言うと、酷薄な表情で栗崎を見上げる。しかし、栗崎はその視線に動じもせずトオルの瞳を見つめ返す。
「トオル、この男が愛する男じゃないのなら、もうこんな、自分を虐めるようなことは止めろ」
栗崎がそう口にした途端、トオルの顔にサッと憤りの色が表れる。
「はあ? だからあんた何様なわけ? また説教しに来たの?」
トオルは陰険に目を眇め、栗崎の右手を払いのける。そこに金髪男が割って入る。
「おい、こら、トオルとヤりたいなら順番待っとけよ? 俺の後でよければいくらでも回してやるからよ」
男がにやにやと笑いながらトオルの肩に再び手を置くのを見ると、栗崎の胸にピリッと苛立ちの感情が走る。
「俺はトオルに用があるって言っただろ? すまんが、あんたは帰ってくれ」
自分でも驚くほど低く、冷たい声が出た。金髪男は長身の栗崎から睨み下ろされ少し気圧された様子だったが、すぐに歯向かうように声を上げた。
「な、なんだよ! ふざけんな! こいつは誰とでもヤる男なんだよ! ヤれればそれでいいんだよ! あんた馬鹿じゃねーの?」
栗崎は嘲る声で言い放った金髪男を見下ろしながらも、その背に隠れているトオルの顔を盗み見た。すると、唇を噛み締めたトオルの瞳が傷ついたように微かに伏せられたのがわかった。
「あんたは帰れって言ってるだろっ!」
次の瞬間、栗崎は怒鳴り声を上げていた。空気を震わせる凄みのある声は辺り一帯に響き渡り、その迫力に金髪男の体は一瞬で縮こまる。
「なっ! 何だよ、このおっさんっ! 」
男はトオルの肩から手を離し数歩後退りする。
「畜生、トオル、今度ヤらせろよ!」
そして、踵を返して逃げ出して行った。
「……あんた、一体何なんだよ……」
一人取り残されたトオルが、栗崎から顔を背けながら呆れたように呟く。気づくと、二人には周囲の通行人から好奇の目が向けられていた。中には立ち止まって見ている者さえいる。
「……行くぞ」
栗崎はトオルの手を強引に掴み取った。
「!」
トオルが驚いた顔で栗崎を見上げたが、栗崎はその手を掴んだまま目の前のホテルの自動ドアへとズカズカと入っていく。そしてフロントに近づくと、「空いてる部屋を」と言い、キーを受け取る。
「な、あんた!」
今度は戸惑うトオルを、栗崎が部屋へと連れ込んでいた。
栗崎はトオルを部屋へ押し込み、扉を閉める。すると、諦めたように自分で部屋に進み入ったトオルがベッドの端に腰かけ、納得したような溜息を吐く。
「何? この前のそんなに気持ちよかった?本番もヤってないのに」
トオルが小さく嗤う。
その様子を栗崎はただ黙って見下ろしていたが、小さく息を吐いて口を開く。
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