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「だから、おまえはどうしてあんなことをしている? 快楽を求めるだけなら、どうしてそんなに哀しい目をする?」 栗崎の言葉にトオルの両目がカッと見開く。 「あ、あんたに関係ないだろ!一体何なんだよ、オレの邪魔して……。あ、もしかして初めてあんなことされて、オレのこと好きになったとか?」 トオルが嘲笑いながら栗崎の顔を見上げた。 すると栗崎はトオルの目の前に座り込んで、その目線を合わせた。 「な、なんだよ?」 威嚇するようなトオルの目に栗崎がまっすぐに視線を合わせる。 「正直、あの日からおまえの顔が、頭から離れない」 栗崎は自分の心の内を探りながら言葉を紡ぎ出す。 「なっ……」 栗崎の言葉にトオルが微かに目を瞠る。 淫らな表情、甘い吐息、栗崎の名を呼ぶ声、無邪気な笑顔、そして哀しげな瞳ーー。トオルの全てが栗崎の記憶の中で豊かな色味を増し、鮮烈な印象を残している。 そして目の前で見た醜態、酷い噂、そして誰とでも……それを知っても尚、栗崎の中でいつの間にか放たれた野火は消え去る術を持たなかった。 栗崎はもう一度しっかりとその瞳を見据えた。鼓動が不思議と落ち着いていく。自分の言葉で初めてその感情に気付くかのような、新鮮な驚きと共に、栗崎はゆっくりと諭すようにトオルに告げた。 「トオル、おまえを他の男に触らせたくない。おまえに哀しい目をさせたくない。これが好きって事なら、俺はおまえが好きだ」 「……っ!」 トオルが息を飲むのが分かった。しかし、すぐに我に返ったように栗崎を睨みつける。 「あんた、ゲイじゃないんだろ? そんな奴が俺なんか好きになれるはずないだろ? たったあれくらいのお遊びで勘違いしてもらったら困るんだよっ!」 トオルは言い捨てるとベッドから勢いよく立ち上がった。 「勘違いなんかじゃない! 俺はおまえが……」 栗崎が言いかけたが、すぐにトオルはその言葉を遮るように強張った表情で振り返った。 「じゃあ、オレを抱いてよ? オレのところまで来る勇気が本当にあんたにあんの? そうじゃないなら、オレのことなんか放っとけよっ!」 トオルの悲鳴のような声音と言葉とは裏腹に、何かに縋りつくような瞳が、鋭い爪で掻きむしられたような峻烈な痛みを栗崎に与える。 栗崎は部屋の出口へと歩き出すトオルの腕を後ろから掴んだ。 「な、何す……っ」 栗崎はトオルが放った苛立った呟き諸共、その体を腕の中に引き込んだ。 「!、くそっ!何すんだよ! 離せっ!」 腕の中でトオルが暴れる。拳で胸を叩いたり、腕を思い切り伸ばしたりして栗崎の体から必死に逃れようとする。 それは無数の鋭い棘を持った美しい薔薇の茎を、柔らかな手のひらで握り締めるかのようだった。 しかし、栗崎は絶対に腕の力を緩めない。抵抗するトオルの背に手を回し、全てを包み込むようにしっかりとかき抱いた。そして、耳元で告げる。 「俺はおまえのところまで行く」 ビクリとトオルの体が波打って動きが弱まる。 「でも今日おまえを抱くと、あの金髪男と同じになる。だから抱かない」 「何だよそれ! ただの言い訳じゃないか!」 トオルが栗崎の胸元から睨み上げる。 「だから今日はこうしておまえを抱き締めとく。ずっと、一晩中」 「!」 栗崎の言葉に、腕の中のトオルの耳がカッと朱に染まるのが見えた。 しかし、またすぐに腕から逃げ出そうとするトオルに、栗崎はバランスを崩し、トオルを抱えたままベッドに倒れ込む。 「っ」 「わっ!」 二人の体がベッドに投げ出された。しかし横倒しになっても栗崎は腕を離さない。そして尚、トオルも逃れようともがき続ける。 「もう観念しろよ……」 栗崎が苦笑いしながらトオルに囁く。暴れ続けるトオルの息も上がっている。 「っ、くそっ、はあ、はあ……っ」 少し大人しくなったトオルの頭に栗崎は手を伸ばし、大きな手のひらで黒髪を撫でてみた。 「!」 トオルは最初微かに体を震わせたが、その後は黙って頭を撫でられている。しばらくするとトオルが恐る恐る顔を上げた。 「あんたの心臓、すっげードキドキしてるけど?」 「おまえのもな?」 笑って言った栗崎が俯いてトオルの視線を受け止める。 「好きな男を抱き締めてんだ。当然だろ?」

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