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―――― 「おい、大丈夫か? もうそろそろ出るぞ?」 栗崎は島田に声をかけながら、手元のファイルをカバンに詰める。 栗崎の隣のデスクでは島田がぶつぶつと今日の面会でのシミュレーションを反芻していた。 「うぇっ、もうそんな時間っすか? あ、あれ? あのパンフがない!? あっ、見積もり書もまだ印刷してなかった!」 「おい、しっかりしてくれよ……」 呆れたように言った栗崎は再び腰を下ろすと、島田の準備を待つ間コーヒーを口に運ぶ。 九月も半ばになった今日、やっと波田野総合病院の新任の薬局長との面会が実現する。 南松岡支店の売り上げは全営業員の努力にも関わらず、たいして伸びてはいなかった。 それ故、否が応でも栗崎と島田に期待と責務が背負わされる。 しかし、島田は支店の存続如何に関しては何も知らないので、実質、上の人間からハッパを掛けられているのは栗崎のみであった。 今朝も今日の面会について早田や柏木にしつこく釘を刺されていた。 『この南松岡支店全員の未来が、波田野との取引にかかってるんだ』 「主任!お待たせしました!」 「じゃあ、向こうでは打ち合わせ通りにな」 「はいっ!」 島田が張り切った返事をした。 二人が営業車に乗って、波田野総合病院に辿りついたのは薬局長との約束の三十分前だった。 二人は院内を見て回るため早めに会社を出たのだ。 増改築を繰り返したその施設は広大なもので、本館には内科を始め外科から歯科まで診療科が十以上も入っている。 他にも人間ドック専用のフロアや、最上階の十二階には患者ではなくても利用できる展望レストランも入っていた。 別館は主に入院用の病棟で、他に不妊センターや透析センター、循環器センターなどがあり、高次医療にも力を入れているようだ。 「すげーっすね!」 「そうだな、ここと取引できればやっぱりでかいな」 栗崎達は約束の時間が近づき、本館一階の院内薬局奥の局長室へと向かった。 栗崎がノックした後その扉を開くと、重厚なブラウンの机の奥から波田野総合病院の新薬局長である加藤が顔を上げた。 栗崎達が挨拶をすると「どうぞ」と二人を黒い革張りのソファに促した。そして自身も向かいに座る。 加藤は四十代後半くらいの実直さを絵に描いたような男性で、白衣を身に着け、軽く七三に分けた豊かな髪に縁のない眼鏡を掛けていた。 そして、名刺の交換を終えると、加藤が口を開いた。 「今日は私の就任への挨拶ということで、わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。私は以前の局長とは違い、利益重視、合理的に交渉を進めていきたいと思っておりますので、そのおつもりでよろしくお願い致します」 牽制に似た挨拶が栗崎達を迎える。 「こちらこそ、是非公正な価格交渉に当たらせていただけることを祈っております」 栗崎がそれに応える。加藤の眼が眼鏡の奥で鈍く光る。 すると、島田が空気を変えるかのように明るい声で話し出した。 「それはそうと、やっぱり波田野さんは立派な病院ですねー!少し見て回らせていただいたんですが、広すぎて迷子になりそうでしたよ」

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