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栗崎たちが帰社すると、南松岡支店では緊急のミーティングが行われた。 早田からもヒノメディックに探りを入れると同時に、とにかくこの資材だけでも採用されるよう見積もりを作るしかない、という結論だった。 『もう駄目かも知れないな』 栗崎にポツリと呟いた早田の声が耳に残っている。 もちろん、この件で栗崎と島田が咎められることはなかったが、波田野との取引は期待されていただけに、やはり責任を感じる。 (あと三カ月余り…一体どうすれば……) 頼みの綱が途切れ、栗崎は激しい焦燥でさらに頭痛が酷くなり、胃の痛みも感じた。 栗崎は島田と二人で社に残って見積書を作り始める。 「でも、院内薬局で使う資材なんてたかが知れてますし、医薬品に比べたら大した利益にはなりませんよぉ」 「そう、へこたれるな。加藤局長も『今期は』ヒノメディックから仕入れるとおっしゃっただろう?少しでもパイプを作っておいて来期に繋げるんだ」 「そ、そうっすね……」 栗崎の言葉に島田が少し気を取り直す。 来期はないかも知れない。 しかし、自分にも言い聞かせるように栗崎はあえて元気づける言葉を吐いた。 「しかし、一体どうやってヒノメディックのやつら、俺達の見積もり額調べたんすかね?マジ、ムカつくっす!」 「ほんとだな」 確かに栗崎も不思議だった。 「先週の月曜の朝に俺と主任のデータを合わせて清書して、午後から俺が波田野に提出行ったんでしたよね?どこにもヒノメディックとの接点はないんすけど……」 栗崎も自分の行動を思い返した。 土曜に自宅で見積もり額を計算して、月曜の朝にはデータを島田に渡した。 その間誰にも見られてはいな…… (い、いや……) その時、栗崎の背筋に戦慄に似た感情が走った。 土曜、見積もりを作成していたパソコンをリビングで覗き込んだ人物。 (でも、まさか……) 栗崎は無意識に痛む頭を抱えた。 (トオル……?) 栗崎の脳裏には画面を覗き込んだトオルの強張った表情が思い浮かんだ。 しかも栗崎はあの日一日中パソコンをリビングに置きっぱなしにしていた。 もちろんパスワードなど設けておらず、誰でもその中身を見ることはできる。 (いや、違う……でも…、だったら一体何のために?) その時、栗崎の鼻孔に突然ある香りが蘇る。 (ああ、あれは……!) トオルを抱き締めた時にいつも感じる髪の毛の匂い。 (そうか、あれは…消毒薬の匂いだ……。トオルは医療関係者なのか?トオルが波田野の薬局の不正に関わっているとでも言うのか?) 栗崎は頭痛に加えて喉元に息苦しさを覚え、指先でネクタイに触れる。 (……馬鹿馬鹿しい) 違うと信じたい。しかし。 『リョウイチ、オレのこと、本当に何にも知らないのか?』 (俺はあの時、目を逸らしたんだ……) 栗崎はトオルがどこに住んでいるのか、どこで働いているのか、名字すらも未だに知らなかった。 あの日、夜の公園で何に怯え、何に哀しんでいたのかも知らない。 (そうだよ、俺はおまえが何者か、全く知らないよ……) 栗崎は唇を噛み締めながら、強引にネクタイを緩めた。

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