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夜、自宅に戻って来た頃には栗崎の体調はさらに酷くなっていた。
(やっぱり風邪か……?病気になってる場合じゃないのに)
ズキズキする頭と節々の痛みを抱え、白石内科に寄ってくればよかったと思いながら、風邪薬の買い置きを探す。
その時、テーブルに置いておいた携帯電話が震えだす。
『リョウイチ?』
トオルだった。その声を聞くと愛しさが込み上げる半面、不安のような感情も過ぎる。
「トオル、どうした?」
栗崎が答えると、トオルの訝しむ声が響く。
『ん?リョウイチ、少し鼻声?具合でも悪いのか?』
「あ、ちょっと風邪……かな?今、薬探してたんだ……」
栗崎は言いながら戸棚の抽斗の中を漁る。
『風邪!?オレ、今からそっち行くから』
「いや、おまえに伝染ったらいけないから来なく……て」
栗崎が言い掛けたところで電話は切れる。
「あいつは……」
苦笑しながら、携帯電話をテーブルに戻した。
そしてやっと抽斗の中から風邪薬を見つけ出した。
それから小一時間程してトオルがやって来た。
「リョウイチ、大丈夫?熱は?」
コンビニのビニール袋を両手に提げ、トオルが心配そうに栗崎の顔を覗き込む。
「さっき測ったが微熱ってとこだ。それに買い置きの風邪薬飲んどいたから大丈夫」
安心させるように言うと、トオルは買い物袋をどっかりとローテーブルの上に置いた。
「そっか、よかった。あ、これ、お見舞い」
袋の中にはスポーツドリンクやら栄養ドリンクやらりんごやらミカンやらヨーグルトやらが大量に入っているのが見えた。
「あ、ありがとう。でもこんなには……」
困惑顔の栗崎の額に次の瞬間、ひんやりとしたトオルの手が当てられる。
「やっぱり少し熱いな」
眉間を寄せたトオルの綺麗な顔が、じっとこちらを見つめている。
「!」
栗崎はその顔から目を逸らし、トオルの腕を掴んで額から外した。
(トオルに…聞いてみなければ……)
栗崎は心の内でそう思うが、何かが躊躇させる。
(俺は真実を知るのが怖いのか?トオルがなぜ俺の傍に居るのか、事実を突き付けられることが……)
栗崎はトオルの腕を離すと、「いい大人なんだから、風邪くらい一人で平気だ」と言い放つ。
しかしトオルは頑として栗崎の傍を離れようとしない。
「だめだ。リョウイチは早くベッドに入れよ」
そう言って栗崎の背中を寝室へと押して行く。
「こら、トオル、何するんだ!おまえに感染ったらどうする」
「オレは平気」
トオルは戸惑う栗崎を無理やりベッドに寝かせ掛け布団を着せる。
そして冷却シートを栗崎の額に貼り付けた。その冷たさに僅かに体が震える。
「何か飲む?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
横になった栗崎はこんな風に看病されるのは一体いつぶりだろうかと、熱で浮かされ始めた頭で考える。
するとその顔を、床に跪いたトオルが窺うように見つめた。
「なあ、リョウイチ」
「なんだ?」
栗崎は視線だけを上げて答えた。
「今日はオレに甘えろよ?」
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