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覚悟を決めたようなトオルの声が栗崎の耳に届く。
「……ああ」
栗崎は弱々しく頷いた。
その様子にトオルが小さく微笑む。
「でも今日はとりあえず、早く風邪を治そうな?」
努めて明るい声で言ったトオルに、栗崎は抱き締められた。
温かい腕の中で束の間の安息を感じる。
トオルの背後には音を消したテレビ画面が明滅していた。
左隅に表示された時刻は、まだ夜明け前を示していた。
(夢の中で見た光は、これだったのか……)
テレビ画面には、まっ白な雪に覆われたどこか外国の港町が映っていた。
雪は止むことを忘れてしまったかのように、深い緑色をした静かな海に次々と降り注いでいる。
栗崎の視線の先に気付いたトオルがふと振り返る。
「オレ、海に降る雪って実際に見たことないかも……」
テレビに目を向けたままトオルが呟いた。
「そう言われれば、俺もない気がするな……。この辺で海を見るなら伯方(はかた)埠頭が近いかな……」
栗崎がぼんやりと考えを巡らせていると、トオルにベッドに横になるよう促される。
「いつか一緒に見れたらいいな」
そう言ったトオルの表情はテレビの明かりで逆光になり、よくわからない。
しかしその声音はいつになく穏やかだった。
「ああ、そうだな……。でもきっとかなり寒いぞ」
栗崎が微かに笑うと、トオルがテレビの電源を切った。
部屋は真っ暗に戻る。
「リョウイチが隣にいてくれたら、寒くないさ」
トオルもベッドに潜り込んできて、栗崎の体を抱き寄せる。
「俺も……、トオルがいたら寒くない」
栗崎もトオルの肩に顔を寄せながら囁いた。
(ただトオルが、トオルさえ、傍にいてくれたら、もうそれでいい……)
泣きたくなるような感情を抑え込んで、栗崎はトオルの腕の中で再び目を瞑った。
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