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第6章
「うわー、朝一から大盛況っすね」
「島田、何不謹慎なこと言ってるんだ」
駐車場の空きを物色しながら島田が思わず口に出した言葉を、栗崎がたしなめる。
その日、波田野総合病院前の第一駐車場は端まで患者の車でいっぱいで、栗崎達は裏側の第二駐車場へと回り込んだ。
加藤から資材採用の連絡を受けた二人は、今後の詳しい納入方法などを打ち合わせるために病院を訪れたのだ。
「この病院の大きさ、何度来ても慣れないっす。迷子になりそうっすよ」
第二駐車場の一番奥でやっと空きを見つけ、営業車を停めた二人は病院本館へと歩いて行った。
「このたびは当社からの納入採用ありがとうございます!」
大きく頭を下げた島田とその隣の栗崎に、加藤がソファへ座るよう促す。
「いえ、見積もりを会議で検討した結果です。礼を言われることはありません」
冷たい言いようだが、微かな笑みを浮かべた加藤が茶を勧めてくれる。
「今日はあなた達に報告もあって来ていただきました」
「報告と言いますと?」
栗崎の問いに、加藤は湯呑をテーブルに置いた。
「実はあなた達の見積もり額をヒノメディックに流した犯人を特定することができました」
「えっ!」
栗崎と島田が声を上げる。
同時に、栗崎の鼓動が早まる。
加藤は溜息を吐くと、自分の顎に手を添えた。
「お恥ずかしい話ですが、犯人は当薬局の若い薬剤師の男でして」
(若い男……)
栗崎は脈拍の音が耳の奥で暴れるのを聞きながら加藤の次の言葉を待った。
「覚えてらっしゃるか……、初めてあなた達が訪れてくれた時、医薬品のリストを持ってくるよう私が頼んだ男です」
加藤の話に栗崎が記憶を辿る。
そういえば初めての面会日、加藤がインターホンで呼び出し、リストを持ってきた白衣の男がいた。
(……やっぱりトオルじゃない!)
「はあー」
栗崎は肩で大きく息を吐くと思わず天井を仰ぎ見た。
「どうしました?栗崎さん?」
加藤が怪訝な表情でこちらを見ている。
「あっ、いえ、何でもありません」
慌てて居住まいを正した。
「彼は私が呼び出した時に、あなた達サンアイさんに見積もりを頼んだことを知ったようで…」
「ああっ!」
突然、島田が大声を上げる。
「俺、その男に医薬品の見積もり書、提出しました!」
「ああ、私が会議でいなかったためですね。本当に申し訳ありませんでした。実は彼は前任の薬局長からヒノメディックとの繋がりを引き継いでいた模様で、あなた達の見積もり額を流すことでヒノメディックから礼金を受け取っていたようです」
「くそっ、あの男!」
島田が怒りで言葉遣いが荒れているのを栗崎が肘で突いて注意する。
「その犯人の薬剤師は昨日付で解雇致しました」
事もなげに加藤が言う。
「でもヒノメディックからの仕入れは続けるんですか?」
栗崎の言葉に加藤は冷静に話を続ける。
「ええ、あなた達には申し訳ないですが、すでに決まったことですから。それにヒノメディックの価格が低いこともまた事実ですので」
「……」
島田が諦めたように頭を垂れた。栗崎も深く息を吐く。
「では資材納入の方の話を進めましょうか?」
加藤の言葉に、島田が仕方ないと言った風に持ってきた資料をテーブルに出した。
「それと」
しかし、つと、加藤が眼鏡の奥の眼差しを栗崎に向けた。
「あなた達サンアイには、独自の資材管理システムがあるそうですね?」
「え、はい?」
栗崎が驚いた顔で返事をする。
栗崎が資材の見積もり書と一緒にシステムの案内も提出しておいたのだが、波田野のような大病院ではどこか他社のシステムがすでに導入済みのはずで、目を留めてもらうことなどないと思っていた。
「現在のシステムが使い辛いと看護師たちがよく漏らしているのを聞いていたので、サンアイさんのシステムの案内を見せてみたのですよ。すると、是非話を聞きたい、と看護師長が申しておりまして。よろしければアポを取って説明をしてくださいませんか?」
「も、もちろんです!」
栗崎が大きく頷く横で島田が驚きで固まっている。
なにせ資材管理システムの導入となればその額は桁違いだからだ。
それに資材自体がサンアイからの仕入れになる。
この大病院でのその使用量は膨大なはずだ。
そんな二人を加藤が咳払いをして見つめ返す。
「では、改めて納入方法の話を進めましょうか?」
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